創作 弐

□ふたり、二人
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元日。

昨夜の年越しから続く賀意も徐々に沈静の兆しを見せ、皆が思い思いの時を過ごす夕刻。

それは終日宴の給仕に回っていたつららに対しても例外ではなく、漸く一段落着いた広間の片付けに息をついた彼女は、静まり返る自室へと戻ってきていた。


「・・・」


つららは鏡台に向かい、乱れた髪を直す。

そして不意に濡羽色に触れていると、先の宴で義兄弟を含む幹部や側近の面々と祝い酒を酌み交わしていた主の姿が思い浮かんだ。

宴席特有の空気も相まってか、終始穏やかな雰囲気に包まれていた彼の周囲。

つららは自然と頬が緩むのを感じながらも、意識した気恥ずかしさからかじわりと熱を帯びてゆくのを感じた。

と、そこへ―――。


「つらら」


不意に、戸の向こうから名前を呼ばれる。


「ッ、・・・は、はい!」


耽っていた所為か、声が不自然に上擦ってしまった。


「入っていいか?」

「はい、どうぞ」


どうにか返事をすると、間もなく襖が開かれる。

そしてそこから姿を現したのは、宴の席で着ていた着物を着替え見慣れた留紺色を纏った己の主だった。


「・・・どうした?」

「え?」


部屋を訪れた彼に逆に問われ、つららは不思議そうな顔をした。


「いや、楽しそうな顔をしていたから―――」

「へ?」


ニヤリと笑まれ、つららは慌てふためく。


「どうした?赤面するようなことだったのか?」

「なッ、・・・ち、違います!」

「ハハッ、分かってる」


くしゃりと髪を撫でられ、つららはむず痒くなって話題を変えた。


「リクオ様、何か用向きだったのではないですか?」


わざわざ部屋まで訪ねてきたのだ。

何かがあったに違いない。

するとリクオはその言葉に、あぁと短く呟くと至極穏やかな表情を向けた。


「湯浴みにはまだ早いですから・・・あぁ、燗酒でもお持ちしましょうか」


確か彼は宴の席で冷やばかりを好んでいた気がする、とつららは考える。

熱気溢れる屋内であればそれも乙だろうが、この季節、それも夕月夜の縁先で嗜む酒はやはり燗が一番味がよいだろう。

だがそう解釈して立ち上がろうとするつららを、リクオは慌てて止めた。


「初参りに行かねぇかい?」

「え?初参り・・・ですか?」

「あぁ、首無と毛倡妓が―――」


聞けば昼間に組員で参詣した社寺は昔から奴良家が世話になっている寺社であり、ここらでは規模も大きく有名な参拝場所。

対してこれから首無と毛倡妓が向かおうとしている社寺は、規模こそ大きくはないものの奴良組に信仰の深い土地神が治める寺社である。

こちらもやはりここらでは有名な部類に入り、三箇日は香具師が営む露店が出ることから毎年賑わいを見せていた。


「どうする?」


リクオは問う。


「行きます!」


直ぐさま二つ返事を返すと、リクオは可笑しそうに破顔した。


「じゃぁ、行くか」

「はい!」






「すごい人ねぇ・・・」


予測を遥かに超える参拝客の数。

毛倡妓は呟くように言って辺りを見渡した。


「逸れないように気をつけなくちゃ」


あれから迷いに迷って選んだ東雲色の着物を纏ったつららは、こちらも呟くようにして言う。

すると、隣を歩くリクオが不意にその細い手指を掴んだ。


「ッ、」

「確かに危なっかしいな」

「へ、平気です!逸れないように気をつけますから!」

「じゃぁ離すかい?」

「うッ・・・」

絡め合った指先をわざとらしく眼前に掲げられてしまえば、つららは言葉に詰まった。

こうして妖姿の彼と共に外を歩くことは珍しい。

夜半の遊歩は蛇の背中を使い、人間の姿であればそれこそ幾度となく共に歩いているが―――こうして変わらず彼の隣にいられることが嬉しいのだ。


「このまま、が・・・いいです」


それは消え入るような声音だったが、喧騒の中で確かにそれを拾ったリクオは満足げな笑みを浮かべた。


「当たり前だ」


リクオは頷くとその手を引き、細い腰を掻き抱く。


「リ、リクオ様ッ!?」

「なんだ?」

「あ、あのッ・・・その、手を・・・」

「あぁ。暴れると、目立つぜ?」


つららの言わんとしているところを見事に無視したリクオの優しげな声音は、賑やかな喧騒に淡く溶けて消えていった。








 

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