創作 弐

□君で埋まる距離
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珍しい二人が肩を並べている。


「男なんて皆そうだよ・・・」


縁に腰掛けた男が言えば、隣に座る小柄な女が神妙な面持ちで頷いた。


「私はてっきり・・・その、飽きが来たんじゃないかって・・・」

「でもそれだけ相手を想ってる、っていうことだろう?」

「・・・えぇ」

「だったら嬉しいんじゃないか?」


男―――首無は表情を穏やかに笑う。

対する女―――つららもその言葉に安心したようにほうと息を吐いた。


「ここ最近沈んでいた原因はそれか?」


首無は合点がいったように笑う。


「・・・そう。知っていたの?」

「あれだけ気落ちしたようだったらね。毛倡妓も心配していたから、一声かけてあげるといい」

「毛倡妓?」

「あぁ。つららが溜息ばかり吐いてるって言っていたから」

「そう」


心配させちゃったわね、とつらら。

それを見て首無も苦笑する。


「それはそうと首無、あなたのほうはどうなの?」

「え?」

「毛倡妓よ、あなた達こそ、この間何か揉めているみたいだったじゃない」


犬も食わぬなんとか。

無闇に首を突っ込むこともどうかと思ったが、先日宴の給仕をしていた時に聞こえてきた毛倡妓の怒声には流石のつららも驚いた。


「・・・大したことじゃないよ」

「でも、まだ仲違いをしたままなんでしょう?」

「どうしてそれを・・・」

「毛倡妓から聞いたわ」

「・・・」


知らない素振りであったがしっかりと把握済みではないか、と首無は項垂れる。


「・・・つららはどう思う?」


首無が力なく問う。


「そうね・・・私が聞いた話だけで言うなら首無、あなたがいけないわ」

「・・・」

「あの時、どうして毛倡妓があんなことを言ったのか、考えてみた?」


つららは人差し指を立て、教示するように言う。


「だからあれは誤解だって―――」

「それがだめなのよ、言い訳にしか聞こえない」

「い、言い訳?」

「そうじゃないのならきちんと説明するの。どうして貸元先の女性と二人きりで会うことになったのか―――」

「それはッ、・・・」

「私じゃなくて、毛倡妓にね?」


つららは首無の背中を押した。


「待ってるわよ?毛倡妓」

「つらら・・・」

「女の私が言っているの、間違いないわ」


にっこりと微笑んでやれば、僅かな逡巡の後に首無は立ち上がった。


「ありがとう、つらら」

「いいえ」


互いに笑って、首無は縁を後にした。

向かう先はもちろん―――。


「ふう・・・」


つららはその様子を見て息を吐く。


「大丈夫そうね」


自分には見えぬ絆を多く持つ二人。

きっと大丈夫だろう。

そしてつららが嬉しそうに笑みを浮かべながら、腰を上げた時だった。


「―――随分と楽しそうだったな」

「ッ、・・・リ、リクオ様!?」


振り返ればそこには、夜の散歩から戻った主が不機嫌そうな顔で立っていた。


「お、おかえりなさいませ、リクオ様。すぐに湯浴みの用意を―――」


言ってつららは慌てて立ち上がった。

が、しかし。

その腕は大きな腕にがしりと掴まれ、身動きがとれなくなる。


「リ、クオ様・・・?」

「何を話していたんだ?」

「え?」

「首無と、二人で」

「ッ、」


“二人で”をわざとらしく強調され、つららは身体をびくっと震わせた。


「ぁ、いえ・・・大したことでは」

「オレには、言えないことかい?」

「そ、そんなことはッ!」

「だったら話せるだろう?」

「・・・」

「部屋でゆっくり聞いてやる。行くぞ、つらら」


有無を言わせず。

リクオの手がつららの身体ごと引き寄せる。


「リクオ様ッ、あの―――」

「悋気がみっともねぇことなんざ百も承知だ」


そう言ってリクオは楽しそうに笑った。


「じっくり聞かせててもらうぜ?」


逃げられない。

そう、つららは悟る。


「リクオ様・・・」

「どうした?」

「その―――」


パタン、と襖が閉まれば終夜の交情が始まる。

意を決して開いたつららの口唇から、言葉が紡がれることはなかった・・・。








 

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