30000HIT〜

□深淵に溺れ
1ページ/1ページ



「つららはボクのこと、愛してる?」

「・・・はい?―――あッ、いえ・・・はい?」


たっぷりと間を置いて、けれども突然口を吐いて出た調子外れな声音を、つららは慌てて正した。


「だから、つららはボクを愛してるかって聞いてるの」


そう言い放つリクオは、椅子に腰掛けながらも目の前に立つつららを真っ直ぐに見遣っている。

その目は真剣そのものだ。


「愛、している・・・か、ですか・・・?」

「うん」

「と、言われましても・・・」


あまりに唐突で、あまりに頓狂な主からの問い掛け。

ちらりと外を見遣れば空に昇るは燦々と輝くお天道様。

庭先できゃっきゃ、きゃっきゃと甲高い笑い声をあげているのは小妖怪達。

そんな中で脳裏に浮かんだ単語は現状にあまりに不釣り合いで、つららはむず痒い気持ちになるしかなかった。


「どうされたのですか?急に」


だが、らしくない、と笑えば途端に彼は唇を尖らせる。


「言ってよ、つらら。ボクのこと、どう思ってるの?」

「ッ、」


懇願するような眼差しを向けられ、つららは小さく吐息を漏らした。


「・・・本当に」

「つらら・・・?」

「私はリクオ様を愛しております、決まっているではありませんか」


なにを今更とつららは困ったように笑って、それでも力強い口調でそう言ってのけた。

問い掛けたリクオと同様、その瞳に揺るぎはない。


「本当に・・・?」

「疑っているのですか?」

「―――ッ、だって・・・」

「はい?」


言いかけたまま口を噤むリクオに、つららは優しく首を傾げる。


「リクオ様?」

「だってつらら、最近ボクのこと―――」

「つらら姐さん!!」


―――その時。

小さな体躯に似合わず張り裂けんばかりの声をあげて二人のいる部屋へと飛び込んできたのは、つらら組のお涼だった。


「お涼ちゃん?」

「あ・・・、お取り込み中でしたか?」


言い淀むお涼がちらりとリクオを窺えば、彼は僅かな逡巡の後に小さく頷いた。


「構わないよ、続けて?」

「ありがとうございます三代目。ではお言葉に甘えて―――つらら姐さん、錦鯉地区の方で何やら騒ぎがあったようです」

「え!?」

「幸い妖の類ではないようですが・・・あちらには荒鷲組のシマもあることですし、念のため警邏に向かわれたほうがよろしいかと・・・」


お涼は躊躇いがちに言う。

三代目はああ言ったが、己の主と彼との間に言い知れぬ雰囲気が漂っていたことを、彼女は気づいていたのだ。


「分かったわ、すぐに出ます。ありがとう、お涼ちゃん」


だがそんなお涼の気持ちを払拭するかのように、つららはしっかりとした頭の顔で言うから、彼女もこくりと頷いた。


「私もお供します!」

「ありがとう」


そして胸をぽんっ!と叩いたお涼につらら組の面々を門口に集めるよう伝えると、つららは改めてリクオに向き直った。


「気をつけて」

「はい」


いつもの穏やかな笑顔で言ったリクオに、つららも柔らかな笑顔を返す。


「リクオ様」

「うん?」

「・・・私の心はいつも、リクオ様でいっぱいです。余所に目を向けようにも、あなたで埋め尽くされていて適いません」

「な・・・ッ、!?」

「不安に、させてしまいましたね・・・」


突然の告白に言葉を失い赤面するリクオの頬を、するりと撫でたつららは微笑んだ。


「つらッ、ら・・・」

「リクオ様―――」


至近距離で囁き、そしてゆっくりと近づいた唇に己のそれを重ねる。


「んッ、・・・」


ふわりと広がる甘い感触。

髪を梳き、きつく彼の身体を抱きしめる。

そしてつららはそっと唇を離すと、音もなく立ち上がった。


「いってきます、リクオ様」






そして屋敷の女中達がそれぞれ帳を下ろしに回る頃。

つららは主の部屋にいた。


「餓鬼みてぇだな、全く」

「・・・いえ。確かに屋敷を離れることも多くなりましたし、何よりあなたの護衛に就けなくなることも少なくありませんでしたから」

「だが、お前が向こうで上手くやってる姿を見るのも好きなんだ。結局矛盾してるんだよ、オレは」

「・・・戴いてばかりいる私は、気づくまでに少し・・・時間を要してしまいました」

「・・・つらら?」


ぱさりと、白い指先が薄い羽織を脱ぎ捨てる。


「たまには・・・いいでしょう?」

「・・・そろそろ飯の時間だ、首無あたりが呼びに来るんじゃねぇのかい?」

「許可無く主の部屋を開けるなど、言語道断ですよ・・・?」

「・・・つまりは黙ってろってことかい」

「ほんの一瞬、ですよ。・・・我慢、なさってください」

「・・・怖ぇな、雪女は」

「ふふっ、なんとでも」


行灯は灯っていない。

悪戯に笑む女の口元を照らすは一筋の月明かりのみ。


「・・・お手柔らかに頼むぜ?つらら」

「このような戯れに手加減もなにも―――」

「―――ッ、!!」

「・・・ふふっ。だめですよ?リクオ様。きちんと我慢、なさらなくては・・・」

「ハッ・・・つら、らッ・・・」

「・・・飢えなんて忘れるくらいに、溺れさせて差し上げます」


足音が、聞こえる。


「・・・ねぇ、リクオ様?」








 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ