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□戯曲:序章
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「お疲れ様でしたー」
「ありがとうございました。Rikuoさん、氷麗さん!」
「あぁ」
「お疲れ様でした」
出版社の応接室で深々と頭を下げる編集者に長身の男―――Rikuoは軽く頭を動かし、氷麗は淡く笑みを返した。
「氷麗、ちょっと挨拶してくるわね」
不意に肩を叩かれ、氷麗は振り返った。
そこには廊下を歩いていく毛倡妓の姿。
そしてその先には、屋内だというのに首に襟巻きを巻いた男が笑みを浮かべて彼女を待っていた。
「知り合いらしいぜ、オレのマネとお前のマネージャー」
「ッ、!」
「ありがとな、対談」
突然背後に立ったRikuoは、短く言って壁に背を預ける。
「あ、こちらこそありがとうございます。対談相手に私を選んでくださって―――」
「なに、会ってみたかったんだよ、巷で話題の歌姫に」
「え?」
「・・・あぁ、人気俳優リクオのお忍び愛の相手・・・とでも言ったほうがよかったか?」
「ッ、!?」
氷麗はハッとしてRikuoの顔を見た。
筋の通った鼻梁、秋波を含んだような瞳、緩やかに孤を描く唇は確かに男性特有の色香を放っている。
けれど今はそれどころではない。
「あなた・・・」
「お前に目ぇ付けてるサースのカメラマン、オレの知り合いでな」
「ッ、」
「・・・奴良さんとは何もないわ、ただのお友達―――」
「お前がそう言っても、若手俳優と歌姫の関係を世間はどう見るかな。それにアイツ、大役が控えてるだろ・・・?」
「ッ、どうしてそれを!まだオフレコのはずッ―――」
「だから、そのオフレコをどうして事務所も違うお前が知ってるんだって聞いてんだよ」
「ッ、!!」
氷麗は言葉を失った。
確かに、来期の月9の主演はリクオで決定している。
氷麗は昨日、彼からそれを聞いたばかりだった。
「ちょっと付き合えよ」
Rikuoは氷麗の手首を掴み、妖艶な笑みを浮かべた。
「何が目的?」
ホテルの一室。
一人呑気にルームサービスにぱくつくリクオに氷麗は訝しげな視線を見せた。
「何も取って食おうってわけじゃねぇんだ、とりあえず座れよ」
まるで自分の部屋のように寛ぐRikuo。
氷麗はあからさまに溜息を吐く。
「言っておくが、ここはオレの部屋だぜ」
「え?」
「このフロアをうちの事務所が買った、家なんてあってないようなもんだからな」
「・・・」
それは氷麗にもよく分かった。
彼女も毎日宿泊先と事務所との往復で、一人暮らしのマンションは暫く日の光を受けていない。
「Rikuoさん・・・」
「リクオでいい」
「・・・え?」
「“Rikuo”はモデル名だ。本名はリクオ、・・・あいつと同じ名前で気に食わねぇだろうがな」
「だ、だから私と奴良さんはそんなんじゃ―――」
「なら本気になっていいか?」
「・・・え?」
唐突に―――。
手を引かれ、膝が折れる。
背中にふわりと何かが触れる感覚。
沈み込むような体感。
見上げれば―――真っ直ぐに自分を見つめる瞳と合った。
「・・・半年前の脚本家主催の集まり、覚えてるか?」
手首を捕らえるリクオの指先に、氷麗は心臓が鳴るのを感じた。
「お前がアイツと初めて会った日だ」
「・・・あ」
「一目惚れだった。テレビで見るよりずっと可愛くて・・・他の女と変わらないって思ってたのに・・・今回の対談も無理を言ってオレから頼んだ、先決だった大物女優を蹴って」
「なッ―――」
だから毛倡妓があんなに嬉しそうだったのか。
氷麗は絶句して瞳を見開いた。
「けどお前はあの日から、アイツしか見てなくて・・・」
「・・・」
夢か現か。
味わったことのないベッドの柔らかさに驚く間もなく訪れた突飛な現状は、氷麗から言葉を奪った。
「・・・あの日、お前ら二人がこの辺りで消えたのを見た奴がいる」
「ッ、―――」
この辺り、とは。
ネオンと熱気に満ちたホテル街。
「ネガはいつでもオレの手に渡る。加工だって朝飯前だ」
「違ッ、あれはッ―――!!」
「だからそれをどう解釈するかは、受け手に委ねられてるんだよ・・・俺たちの世界は」
リクオは自嘲するように笑った。
「利口な歌姫サン?」
「あ、なた・・・」
有名誌の表紙を飾る彼。
画面の中の自信溢れる彼。
対談中の余裕溢れる彼。
けれど今目の前にいるのは、それらからは想像もつかない―――。
「ねぇ、どうしてそんな目をしているの・・・?」
「ッ、」
自分の身体を組み敷く男は酷く、傷ついた顔をしていた。
「私はあなたのこと、何も知らない」
「ッ、」
そんな一言で、捨てられた子犬のような目をする彼だから―――。
「お友達、から・・・なら・・・」
二人の戯曲はまだ、始まったばかり・・・。
了