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□ゆらりと
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「つらら、帰ろうか」


リクオは重い鉄の扉を開け、笑顔で言った。


「あ・・・申し訳ありません、リクオ様」

「どうしたの?」

「その、今日は錦鯉の方に・・・つらら組のみんなと荒鷲一家の方々が、つらら組の誕生を祝って宴を開いてくれると言って・・・」


屋上に現れた主に、つららはそう小さな声で告げた。


「あ・・・、そっか」

「申し訳ありません・・・」

「あ、ううん。気をつけてね」

「はいッ、ありがとうございます!」


嬉しそうに笑う側近に、リクオも破顔して頷いた。

胸に巣くった黒い感情を掻き消すように・・・。






「では、つらら組の誕生を祝って―――」

「「かんぱーい!!」」

「「つららシャリシャリー!!」」


つくも神のお涼が指揮を取った乾杯の音頭が境内に響く。


「おめでとうございます、つらら姐さん!」

「「おめでとうございますー」」

「ありがとう、みんな」


氷菓子の入った小さな氷鉢を掲げるつらら姐の面々に、つららは嬉しそうに微笑んだ。


「ほら姐さん、俺らとも乾杯してくれよ」

「おいおい、俺が先だぜ?」

「はい!」


一時はどうなるかと思ったが、こうして彼らと他愛なく笑い合えることにつららは心が温まるのを感じた。


「改めて、これからよろしくな」

「はいッ!よろしくお願いします!」


カツン、と杯が合わさる。


「しかし凄かったなぁ、この間の姐さんの活躍」

「あぁ。雪麗さんもそうだったが、やっぱり大将の側近は違ぇよ」


荒鷲一家の男達は頷き合いながら、次々と賞賛の言葉を並べた。


「あ、あれは皆さんが助けてくださったからで―――」

「まあまあ、謙遜しなさんな」

「そうだよ、俺達はアンタの力をこの目で見てるんだ」


男達は酒を煽りながら嬉しそうに笑う。


「ほら、姐さんも呑んで」

「あ、私は遠慮しておきます。明日も学校がありますから―――」

「まぁそう言いなさんな」

「アンタを祝う宴なんだ」

「ちょいと!」

「あ?」

「姐さんはつらら組の姐さんですよ!荒鷲一家はその次です!」

「だから煩ぇんだよ、園児は」

「園児ッ!?」


そうしていつものようにつらら組と荒鷲一家の小競り合いが始まるから、その賑やかな情景につららは杯に入った冷たい茶をゆっくりと飲み干した。


「しかし偉いなぁ、毎日学び舎に通っているんだろう?」


酒精でほんのりと顔を赤くした男が問う。


「はい。ですが私の務めは主の警護ですから―――」

「いや、にしてもすげぇよ」

「あぁ、立派なもんだ」

「そ、そんな・・・」


主の警護は側近である自分の任である。

それをこんなふうに褒めちぎられると、どうにも居た堪れない気分になった。


「楽しいかい?学び舎は」

「えぇ。楽しいです」


確かに困難なことも多くあるが、屋敷では知り得ない主の姿が自分にとって掛け替えのないものなのだ。


「学び舎なんてどれだけ昔の話か・・・これっぽっちも思い出せねぇや」

「ハハッ。俺もだよ」

「学び舎と言えば昔はなぁ―――」


昔話に花を咲かせる荒鷲一家につららは淡く微笑んだ。

彼らとの出会いがまた新たな出会いを生む。

そしてこうした出会いの機会を与えてくれた側近という立場に、つららは心中で深く感謝するのだった。


「あら、お客様?」


その時。

未だ荒鷲一家の一人と小競り合いを続けていたお涼が不意に声をあげた。

その声に他の者達もぴたりと声を止め、足音のする廻廊へと目を向ける。


「・・・」


そのうちに、月明かりを受けた突き当たりの角を羽織の裾が掠めた。


「―――リ、リクオ様ッ!?」


誰より先に声をあげたのはつららだった。

そう、そこに現れたのはここにいるはずのない主―――。


「リクオ様ッ、どうしてここに!?」


つららは慌てて立ち上がると、急いで彼のもとへと駆け寄る。


「リクオ様?」

「・・・近くを通ったからな」

「近く・・・ですか?」


主に屋敷を出るような所用があれば、側近として事前に把握をしておくのがつららの常である。

しかし今日はその報を受けていない。


「あ、もしかして鴆様のところへ?」


蟒蛇を使わぬことを珍しく思ったが、その言葉にリクオが黙って小さく頷くからつららもそうと疑わなかった。


「・・・あぁ、そんなところだ」

「おい、リクオ様って・・・」

「あれが・・・噂の三代目?」


つらら組は主であるつららの紹介でリクオと面識があったが、襲名から日が浅く、正式な披露目を受けていない荒鷲一家は探るような声音を口々に零すしかなかった。

そしてそんな彼らを、リクオは静かに見遣った。
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