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□移ろう世界で変容のない美しさ
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「ふふっ」

「・・・姐さん?」


一緒に庭先を歩いていた姐さんが突然小さく笑うから、俺は驚いてその顔を見返した。


「花弁、ついてるわ」


自分の前髪を指差して、姐さんは笑う。


「あ・・・」


見上げた大木。

春の風に乗る桜花。


「ふふっ。少し、しゃがんでもらえる?」


小柄な姐さんと、並の男と比べても遥かに背の高い俺とじゃ背丈に差があった。

俺は頷いて、腰を落とし低い姿勢をとる。


「・・・」


視界の端を退紅の衣が掠めれば、ゆっくりと雪のような白い腕が伸びてきた。


「―――はい、どうぞ」


そして、ひんやりとした感覚を感じる間もなく、姐さんの手は俺の髪から離れていった。


「ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして」


ぺこりと頭を下げた俺に、姐さんはにっこりと笑う。


「猩影くんの髪って、柔らかいのね」

「はい?」

「羨ましいわ」


柔らかい?

姐さんの濡羽色の髪だって―――、と言いかけた口を、俺は噤んだ。

言えばきっと「そんなことないわ」と謙遜の言葉が返ってきて、姐さんはその髪を風に揺らしながら苦笑するように笑うから。

だからたまには、こういうのも悪くない。


「そうですか?特に何もしてないんですけど・・・」

「お父様譲りかしら。狒々様もとても綺麗なお髪をされていたものね」

「親父・・・ですか?」


確かに、言われてみれば親父も生前はよく長い髪を棚引かせていた。


「綺麗かは分からないですけど・・・確かに親父とは似てたかな―――って、姐さん?」


その時。

俺はこっちをジッと見つめている姐さんに気づき、問いかけた。


「・・・猩影くん、変わったわね」

「え・・・?」

「頼もしくなった、・・・とっても」

「・・・姐さん?」


頼もしい?

その言葉の意味が分からず、俺は眉ねを寄せた。

すると姐さんは何が可笑しいのか、口元に手を当てまたクスクスと笑い出した。


「姐さん?」

「ふふっ、ごめんなさい。・・・当たり前よね、猩影くんはもう立派な狒々組を支える頭だものね」


そう、姐さんは言った。


「姐さん・・・」


辛くないと言えば嘘になる。

今だって、思い返せば笑顔の親父しか思い浮かばないし、親父の守ってきた狒々組を守ろうと試行錯誤しながらの毎日は、やり甲斐と同時にあの時気づかなかった親父の偉大さを痛感させられる。

親父がいてくれたら―――。

何度そう思ったか知れない。

だけど姐さんは、それを“頼もしい”と笑うんだ。


「でも、頼もしくなっても・・・私には、いつでも頼ってね?」


組を持って、守る対象を見つけた。

初めて本気で自分以外の誰かを守りたいと思った。

それは自分の下に就いた部下、共に闘うと誓った仲間、仕える主―――。


「姐さん・・・」


敵うなら―――。


「・・・ごめんなさい。余計なこと、言ったかしら」


言葉に詰まる俺に、姐さんは申し訳なさそうに言った。


「いえ・・・」


姐さんはきっと俺の気持ちに気づいていて。

それでも、知らない振りをしてくれる。

でも、俺は―――。


「姐さん、笑ってください」

「え・・・?」

「俺は、笑ってる姐さんが好きです」


無数の花弁が舞う中、真っ直ぐに姐さんを見つめ言った。

今はこんなにも簡単に、“好き”の言葉を吐き出せるから―――。


「・・・やっぱり、頼もしい」


一瞬だけ俯いた姐さんは、次の瞬間、見惚れるくらいに綺麗な笑顔で顔を上げた。


「姐さん」


あの人の隣で見る笑顔と、今のそれ。

天秤にかける幼い俺が、あの人を心から尊敬するくらい、幸せそうに笑う姐さんの笑顔が見たいから。

それが今の俺の、一番の願い―――。


「―――大好きです、姐さん」






きっとこの距離感が。

俺達の、変わらない―――。








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