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□そして忘れられない日
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「悪いわね、付き合わせて」

「いや。拙僧も幹部の端くれ、シマの動向は把握しておきたい」

「端くれ?よく言うわよ、しっかり青と競り合ってるそうじゃない」

「・・・あれは青の奴が勝手に―――」

「はいはい。でも動向って言えば、その後どうなの?百物語組は」


変わらず歩を進めたまま、つららは訝しむように問い聞いた。

夕焼け空の下、制服のスカートが揺れる。


「差し当たりは・・・向こうの出方を待つしかないだろうな」

「そう・・・」


奴良組三代目、リクオの襲名により幹部入りを果たした黒田坊はシマの現状を掴むため、放課後管轄である錦鯉地区に向かうというつららに同行していた。

その帰り道でのこと。


「拙僧も可能な限り動いてはいるが・・・」

「そうね・・・。でも警邏は強めているんだもの、向こうの動きが見えないのなら仕方がないわ。仕掛けられるまで気づかなかった私達にだって非はある―――」

「―――傘の・・・お坊、さん・・・?」


その時。

不意に鳴った声に、二人は同時に振り返った。

そして、そこに立っていたのは―――。


「ッ、鳥居さん!?」

「え・・・?及川さん!?」


つららと同じ制服を纏った少女は鳥居夏実、その人だった。


「及川さん、お坊さんと知り合いなの・・・?」

「・・・お坊さん―――あ、」


驚く夏実の言葉を反芻するようにそう呟いたつららだったが、やがて合点がいったように頷く。

そして横に立つ黒田坊にこそっと耳打ちをした。


「どういうこと?彼女、リクオ様のご学友よ?」

「・・・あぁ」

「知っていたの!?だったらどうして―――」


人間と妖の関わりに人一倍敏感な主。

彼の与り知らぬところで図る人間との接触は、危懼することはあれど褒められるものではないはずだった。


「千羽様の時にッ―――」

「え・・・?」

「千羽様にお参りをしに行った日に、変な妖怪に襲われて・・・殺されそうになったところを・・・そのお坊さんに、助けてもらったの」


夏実は一つ一つ言葉を選ぶように、ゆっくりと呟く。

それを黒田坊はただ黙って聞いていた。


「そうだったの・・・」


つららは頷く。

俯きがちな表情でも分かる、ほんのりと朱に染まる頬。

学友と語らう際には見せない、少女らしい仕草はつららにある確信を持たせた。


「彼とは、知り合いなの。昔、あることがきっかけで・・・そう、鳥居さんと同じような―――」


つららは淡い笑みを浮かべ、言う。


「そうなんだ・・・」


そしてそんな声音と共に見えた夏実の顔に浮かぶ明白な安堵の色は、つららの確信をより明確なものにした。


「ありがとうございました」


すると不意に、黒田坊から離れたつららは彼に向かって慇懃に頭を下げる。


「雪―――」

「私の家、この近くなんです・・・だから今度は彼女を送ってあげてくれませんか?」

「えッ、及川さん!?」


そんな言葉に驚きの声をあげたのは、黒田坊ではなく鳥居。


「夜道に一人は危ないわ」


慌てふためく彼女を余所に、踵を返したつららは畳み掛けるように言った。

だがその言葉はしっかりと、黒田坊へと向いている。


「そんなッ、悪い―――」

「拙僧は構わん」

「・・・え、」


低く、感情の篭らぬ声が鳥居の耳に届いた。


「お坊、さん・・・?」

「構わん」


有無を言わさぬように黒田坊は目深に被った傘の下から真っ直ぐな眼光を夏実へと向けると、つららの動きを待たずさっさと歩き出した。


「あ、あのッ・・・」

「ほら、鳥居さん」


つららは頷く。


「及川さん・・・」

「気をつけてね、また明日」


そして躊躇う鳥居の背中をポンと押すと、彼女は至極柔らかな笑みを浮かべその姿を見送った。


「あ、ありがとう、及川さんッ・・・また明日ね!」

「えぇ」


つららはひらひらと手を振る。

見慣れた傘を小走りで追い、俯きがちに並ぶ恋する少女の姿を眺めながら・・・。






「あのッ・・・」

「・・・」

「ありがとう、ございます・・・」


静かすぎる帰路は、胸の高鳴りを厭に誇張する。

必要最低限の言葉しか発さぬ黒田坊に僅かにたじろぎながらも、夏実は懸命に言葉を吐き出した。

今までも彼と語らう機会は幾度かあったが、どれも不意に出くわすばかりでこうして改めて面と向かうとずっと胸で温めてきた言葉は一瞬にして脳中より消え去るから、発されるはずの言葉は声にならずに吐息で消えた。


「・・・その後は、変わらないか?」

「え・・・?」


素頓狂な声に、潜まる眉ね。


「・・・妖怪には―――」

「ぁ、・・・大丈夫ですッ!全然、平気です!」


夏実は手を、首を振る。

上気する頬を知られてはいないか。

上擦る声音は正せるか。


「本当に、いつも助けてもらってッ・・・」

「・・・何かあれば、呼ぶといい」

「・・・え?」


次の瞬間。

夏実は傘の下に、至極柔らかな双眸を見た。


「不思議だな。他の者では感じぬのに・・・」

「お坊さん・・・」

「―――黒田坊だ」








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