50000HIT

□又斯うして此処で
1ページ/2ページ



「―――だからさ、」

「ふふっ。皆さん、相変わらずですね」


奴良組本家のとある一室―――三代目頭の部屋を覗えば、そこには仲睦まじい二人の姿がある。


「・・・本当に、懐かしいですね」

「うん・・・。みんな、つららに会いたがってるよ」


膝の上に広げた綿布の上に頭を乗せたリクオの髪を、つららはそっと掻き分けた。

するりとした指通りは、幼少から変わらない。

そんな彼の視界の端を、耳掻きを担いだ3の口が走る。


「ありがとう、3の口」


ひょいと差し出されたそれを笑顔で受け取ると、つららは横たわった主の足元に薄手の毛織物を掛けた。

桜の香を微かに感じる初春の風は、まだ少し肌寒い。


「今でも時々聞かれるよ、学年5本指の及川さんはどこの高校に行ったんだって」

「・・・もう。若までそれを仰いますか」


わざとらしく溜息を吐いて、つららは笑うリクオの耳をそっとさじで触れた。


“学年5本指”


そういえばそんな呼び名もあったと、つららは苦笑する。

窓から差し込む陽光が、彼女の手元を照らした。


「つららも高校、行きたかった?」

「え・・・?」


不意にリクオは問う。

三代目を襲名し、頭としての確かな地位を確立しつつあった彼は、中学の卒業を機にそれまでの生活を変改させたのだ。

もちろん、それに異議を唱える者などいるはずもなく・・・。


「・・・そうですね。・・・あの頃はリクオ様と共に学舎へ通い、楽しかった記憶しかありませんが―――」

「・・・つらら?」

「あ、いえ。少し懐かしくなってしまって」


楽しそうにつららは淡く微笑んで、膝の上のリクオの顔を覗き込むように肩を竦めた。

春風とはまた違った香りをもつ濡羽の髪が頬に掛かれば、彼はむず痒そうに瞳を伏せる。


「懐かしい、か・・・」


思えばあの日、旧校舎での出来事が全ての始まりだった。


「あの時は驚いたな・・・」

「ふふっ。私達はずっとリクオ様のお側におりましたよ」

「・・・うん。ずっと側で、ボクを護ってくれていたんだよね」


リクオは首を巡らせ、自分を見下げる側近の髪に手を伸ばした。


「―――リクオ様!動かないでください!」

「あ、あぁ・・・ごめん」


ぴしゃりと言い込められ、リクオは伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。

そして、二人はどちらともなく笑い合った。


「ボクも楽しかったよ、つららが側にいてくれて」

「色々、ありましたね」


そう零し、懐かしいと馳せるのは遠くない記憶。

共に過ごすことで見えた互いの姿は、いつまでも二人の胸に焼き付いて離れなかった。


「今は、学舎へ向かうリクオ様をお見送りすることが私の役目です」

「うん、そうだね」

「浮気はだめですよ?」

「・・・え?う、浮気ッ!?」


さらりと吐かれた言葉に、リクオは素頓狂な声をあげた。

だが見れば当のつららは別のところに慌てている。


「だ、だめです、リクオ様ッ!動かないでください!」


慌てて耳掻きを引き抜けば、ふわりと梵天が揺れた。


「だ、だってつららが浮気って―――」

「学舎には家長がいます」

「カ、カナちゃんはそういうんじゃないよ!」

「・・・」

「な、なんだよその目は!」

「いえ」

「この間のこと、まだ怒ってるだろ!?」


偶然、帰り道で一緒になった幼なじみとそのまま帰宅した―――ところを、買い出しに出ていた彼女の目に時機良く留まってしまったのはつい先日のこと。

不機嫌な彼女を宥めるのに、それはそれは膨大な時間を要した。

リクオは小さく息を吐いて見上げる。


「言っただろ?ボクにはつららだけだって」

「・・・」

「つらら」


ひんやりとした頬を撫でて、ほんの少し頭を上げる。

首筋でそっと引き寄せて、唇を合わせ―――ようとした。


「おい、リクオ!牛鬼様がお呼び―――だ・・・」


スパン!と勢いよく開いた戸の向こう。

そこから顔を覗かせたのは、所用で本家を訪れていた牛鬼組の若頭だった。


「な、なにやってんだッ!お前ら!!」

「なにって・・・」


これ以上ないくらいに顔を真っ赤に染めた牛頭丸が、わなわなと身体を奮わせながら大声で叫んだ。

けれども、対する奴良組三代目は平然と返す。


「入る前に叩くくらいしてよ」


リクオはあからさまに不機嫌そうに言った。


「わ、分かったからその手を退けろ!早くッ!!」

「手?・・・あぁ、これ?」


牛頭丸の言う“手”とは、鼻先が触れ合いそうなほどの距離までつららの身体を引き寄せているリクオの手。


「用件はそれだけ?なら、用事が済んだら行くって牛鬼に伝えておいて」

「用事ってなんだよッ!!」

「・・・それを聞く?」


ニヤリと上がる口角。


「な、なんでもねぇ!!もう勝手にしやがれッ!!」


半ば叫ぶように言った牛頭丸は、逃げるように部屋を出ていった。

残されたのは、僅かな沈黙。


「・・・あの、リクオ様」

「うん?」

「お手を・・・」

「続き、しようか?」

「リ、リクオさ―――ッ、!!」


言葉が紡がれることはなく、それは楽しげな彼の口内へと静かに消えた。








次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ