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□これもひとつの愛のカタチ
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「次に、近時のシマの動向についてだが・・・」
「ではそれは僭越ながら私が。まず、一昨日隣町で起きた小火騒ぎですが、噂によるとその件に傘下の関与が―――」
奴良組本家の広間にて行われている寄合には、総大将ぬらりひょんを初め、組持ちの幹部や組員、若頭側近など錚々たる顔ぶれが集まっていた。
議題に上る話題はどれも組の安泰を揺るがすような大きなものではなかったが、皆が真剣な眼差しで膝を合わせている。
と、そんな時。
「というわけで、一先ず我々奴良組の疑いは晴れたわけだが、暫くはシマの警邏を強めるという方向で―――」
―――ガタンッ!
「ッ、!?」
「・・・なんだ?」
「どうした・・・?」
不意に鳴った物音に、カラス天狗の言葉に耳を傾けていた面々は一様に振り返った。
「風・・・か?」
だがそんな中、上座に座ったぬらりひょんだけが、顔色を変えず静かに戸口を見遣る。
「リクオ」
「ッ、!!」
刹那。
問うように呟かれた言葉に、物音の因と思われる障子に映った小さな影がびくりと跳ねた。
「・・・雪女」
ぬらりひょんは溜息を吐くと小さく頷く。
途端、末席に座していた雪女のつららがハッとしたように頭を垂れた。
そして即座に立ち上がる。
「申し訳ありません総大将、リクオ様には私からお話を―――」
「いや、よい。寄合もそろそろ開きじゃ」
言って、ぬらりひょんは肩の力を抜いた。
「気に入りの側近をワシらに取られ淋しいんじゃろう。構ってやってくれ」
「き、気に入りなんてッ・・・」
だが恐れ多い、と続くはずだったつららの言葉は周りの組員達の微笑に消える。
「リクオのやつも雪女にはよく懐いておるからな、世話をかけるがよろしく頼むぞ」
「も、もちろんです!」
「そうじゃそうじゃ、リクオ様は雪女をよう好いておる」
「私はつい先、雪女の自慢をされたぞ」
そう言って口々に笑う幹部達。
だがその中で、訝しげな表情を浮かべる者が一人・・・。
「・・・甘いですなぁ、総大将」
「なに、孫をもてば孰れお前にも分かるだろうよ、一ツ目」
ぬらりひょんは気のないように言った。
「・・・いつになることやら」
しかしどこからともなく呟かれた言葉にカッと一ツ目の目、が見開かれる。
が、それに敢えて見て見ぬ振りをするのは場数を踏んだ組員達。
「誇れる側近を持つということは、その頭が担う組の安穏にも繋がる。よきことよ」
「違いない」
そうやって口々に言っては穏やかな笑みを浮かべる面々に、つららは気恥ずかしさを覚えながらも素直に頷いた。
ほんのりと、胸に湧く温かさを噛み締めながら・・・。
「ねぇ雪女、早く来てよ!!」
「お、お待ちください、リクオ様!」
広間を出るなりもの凄い勢いで腕を引かれるものだから、つららは中途半端に引っ掛けた草履で縺れぬよう必死に踏ん張った。
「リクオ様ッ」
「なあに?」
「―――ッ、」
純真無垢、大きな瞳は真っ直ぐにつららを見つめる。
あまりに一心に視線を向けられるものだからつららも一瞬言葉に詰まったが、それではいけないと無理矢理自分の胸に言い聞かせた。
「リクオ様」
膝を折り、視線を合わせる。
「いいですか、リクオ様。寄合は、ぬらりひょん様や牛鬼様が大事なお話をされる時間です。大切なお客様がお見えになることもありますから、寄合が開かれている時は広間には近づかず、リクオ様はお部屋に―――」
「時計が一回回ったらって言ったじゃないか!」
すると。
リクオはつららの声を被せるように大きな声で叫んだ。
「リクオ様・・・?」
「時計が一回だけ回ったら戻ってくるって、雪女が言うから・・・」
――――――――――
「ではリクオ様、寄合が終わりましたらお部屋にお迎えにゆきますので、それまで少しお待ちくださいね?」
「ねぇ雪女、少しってどれくらい?十数えたら戻ってくる?」
「え?あ、えぇっと・・・」
「十じゃ早い?じゃあ、あれが一回だけ回ったら戻ってくる?」
見上げれば、指差しをされた時計の針。
――――――――――
「あ・・・」
蘇った記憶につららは声を漏らした。
答えが記憶に上らないのは、続々と集まる来訪者への応対に追われていたからで・・・。
「・・・そうでしたね」
つららは淡く微笑んで、くしゃりとリクオの髪を撫でた。
彼はむず痒そうに、けれど確かに嬉しそうに小さな身体を大きく捩る。
「また、気づかされてしまいましたね・・・」
「雪女?」
リクオは不思議そうにつららを見上げた。
それは彼女の“言葉”を待つ眼差し。
「リクオ様・・・」
「ねぇ・・・くすぐったいよ、雪女」
「ふふっ」
この先、何があろうとも。
この命を賭して―――。
「夕食の買い出しに行きますが、リクオ様は―――」
「ボクも行く!!」
―――守る。
「おはよう、つらら」
「おはようございます、リクオ様」
「どうしたの?なんだか嬉しそうだけど・・・」
「ふふっ。・・・懐かしい、夢を見たんです」
「夢?」
「はい」
「・・・聞かせてくれる?」
「はい!」
夢見は、かけがえのない思い出―――。
了