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□ありのままを
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「ふふっ。リクオ様ったら」

「おいおい、オレの所為じゃねぇだろう?」


寄り添う側近がクスクスと笑えば、隣に座った主は肩を竦めて愛しげに彼女の髪を撫でた。

互いに耳元で囁き合っては時折小さく笑い合う。

そんな様子に、半眼を向ける者が一人―――。


「・・・正直、あの時は碌に話す機会もなかったしなぁ」

「そういう状況じゃなかったものね」

「当たり前だね」

「いや、だから―――」


そう言葉を濁すのは、遠野妖怪の淡島。

それに淡々と返すのは、静かに茶を啜る冷麗と紫だった。

彼らだけではない、ここには他にも鎌鼬のイタクや沼河童の雨造、経立の土彦といった遠野妖怪が勢揃いしている。

そしてそんな彼らが見つめる先―――酒宴が開かれている広間の上座には、以前共に難局を潜り抜けた戦友がいるのだが・・・。


「そろそろお給仕が必要ですね」

「あ?・・・あぁ、頼む。―――気をつけろよ?またこんな傷つくったら承知しねぇぞ」

「ふふっ、肝に命じます」


酒肴が散乱した辺りを見渡したつららは、談笑をやめて立ち上がった。

給仕の最中に誤って傷つけたという指先を名残惜しげに離したかと思えば、今度は彼女が部屋を出るまでしっかりとその姿を見届ける彼は、歴とした奴良組三代目―――奴良リクオ。

そんな彼を、遠野妖怪の面々が遠くの方から見遣る。

口元に微かに淡い笑みを浮かべながら・・・。


「おい、リクオぉ」

「・・・淡島?」

「お前なぁ―――」

「悪いな、なかなかそっちに行けなくて」

「あ?あぁ、いいってことよ!そんなことより、なんだぁぁ?お前のそのでれでれした態度は―――」

「は?」


今の今まで側近が座っていた位置にドカッと腰掛けた淡島は、したり顔で奴良組三代目ににじり寄った。


「なんのことだ?」

「おいおい、しらばっくれんのか?オレはこの目でしっかりとなぁ―――」

「自然、なのよね?リクオ」


その時。

二人の言葉を凜とした声音が割った。


「・・・冷麗」

「あなたの顔を見ていれば分かるわ。・・・あなた、そんな顔もできるのね」


側近と同じく雪女である冷麗は、静かな笑みを携えながら言う。


「それよりも、私はつららちゃんよ」

「つらら?」

「えぇ。あの時は・・・色々と、あったから・・・でもこうして改めて彼女に会って、本当の彼女を知ることができた気がするの」


そう語る冷麗の視線の先では、盆を片手に忙しく給仕に回るつららの姿があった。

慣れた手つきで空いた皿を下げては入り乱れる客人達の間を無駄のない身の熟しで擦り抜け、その傍ら次々と酌をもやってのける。


「つらら、これ」

「あら、早かったわね、首無」

「皿は外に置いておいてくれたら持っていくよ」

「ありがとう」


そんな彼女の様子に、小さく笑った冷麗の言葉を。


「奴良組って本当に・・・」

「信頼、だね」


コホコホ、と咳込んだ紫が繋いだ。


「・・・大切なのね、彼女のことが」

「あぁ。オレはあいつを―――」

「お待たせしました、リクオ様!・・・皆さん?」


給仕を終え主のもとへと戻ってきたつららは、彼の側に集まった遠野妖怪を見て瞳をぱちくりとさせた。


「おぉ!来たぜ!」

「えぇっと・・・淡島さん?」

「そんな他人行儀な呼び方しなくていいぜ!オレのことは淡島って呼んでくれ!」


リクオの隣に腰を下ろしたつららに、淡島はずいっと身体を寄せる。

それはあまりに軽い感じで、拍子に手でも繋いでしまうのではないかというほどの勢いだった。


「あ、あの・・・」

「・・・おい、淡島」


自分を真ん中に挟み、戸惑うつららとの距離を更に近づけようとする友人にリクオは低い声で呟く。


「狭い」

「なんだぁ?嫉妬か?リクオ」

「・・・」


押し黙るリクオに淡島は楽しそうに笑った。


「いやぁ、でもまさかお前のこんな姿が見られるなんてなぁ・・・遠野にいた時とは別人だぜ?」

「そう、なんですか?」


だがそこで、リクオの苦渋を余所に淡島の呟きに誰より早く反応したのは他でもないつららだった。


「おい、つらら」

「だって気になるんですもの!」


度を過ぎた淡島の調子に戸惑っていた彼女はどこえやら、つららはリクオから見ても分かるくらいに期待に胸を膨らませていた。


「大した話じゃねぇだろう」

「リクオ様のことですもの、大きいも小さいもありません!」


つららは胸を張って言う。


「第一、オレのことはお前が一番よく知ってるだろ?今更じゃねぇか」

「そ、それはそうですけど・・・」

「・・・おいお〜い、そういう話はオレ達が帰ってからにしてくれねぇか?見ろよ、イタクなんて出ていっちまったぜ?」

「ッ、!!」

「見てられねぇ」


その時になって漸く状況を把握したらしいつららの顔から、ぼんっ!と煙が吹き出した。


「ふふっ、本当に仲がいいのね」

「つららの顔真っ赤」


微笑ましい、と表情を和らげる冷麗と紫の横で、一人土彦が小さく咳払いをする。


「で、話の続きだけどな?遠野でのリクオときたらそれはもう無愛想の塊みたいな奴で、洗濯の一つも碌に出来ねぇ、挙げ句の果てには逃亡なんてことを―――」

「おい、淡島ッ!」

「続けてください、淡島さん!」

「お、おい、つらら・・・」

「さあ!」

「で、だな?奴良組のおぼっちゃまは―――」

「淡島!!」


こうして。

頭の友人を招いての賑やかな酒宴は、様々な声を響かせながら夜もすがら、続いたそうな・・・。








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