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□取るには足らぬ願い
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神様は―――。


意地悪だ。






「も、うッ・・・呑み過ぎ・・・で、すッ!」


あの人に寄り添い、その身体を支えているのは私―――じゃなくて、着物を着た髪の長い女の人。


「まったく・・・私が供をしていたからよかったものを、お一人だったらどうされていたんですか!」


女の人は微かに声を荒げ、俯いたあの人の顔を覗き込んだ。


「・・・お前が一緒だったから呑んだんだよ」

「ッ、」


その言葉に、流れる黒髪の女性は一瞬息を詰まらせたかと思うと、すぐにコホンと小さく咳払いをした。


「では、もう少し厳しくいかなければなりませんね」

「ん?」


初めて見る、不思議そうに、けれど穏やかに緩むあの人の表情。


「今回は、店から直々に襲名祝いと声が掛かりましたから大目に見ますけど、次はありませんからね!」


女の人は足取りの覚束ないあの人の身体を支えながら、そう言って頬を膨らませた。

すると苦笑するように、あの人は笑った。


「お前がいると気が気じゃねぇな・・・」

「私にとっては褒め言葉です」


あの人が仕方なさそうに言えば、女の人はつん、と顔を背けた。


「いや、そうじゃねぇ・・・」


そしてあの人はゆっくりと顔を上げると、見ているこっちが驚くくらい優しげな手つきで女の人の髪に触れた。

そして次の瞬間。

私はあの人の口から飛び出した言葉に、絶句することになる―――。


「オレの恋人は、主人を其方退けで店の男どもと楽しそうに語らってるからな、落ち着いて酒も呑めやしねぇ」


(え・・・、?)


私の頭の中を、“恋人”という単語が反芻する。


「なッ!あ、あれは外から見た組の評定を問っただけで―――」

「良太猫のところには女もいるだろう」

「そ、それは・・・彼があの辺りの風聞に精通していると言うから―――」


慌てたような女の人の声も、今の私には届かない。


(恋人って・・・なに?)


「祝い酒がとんだ自棄酒になっちまったな」

「なッ―――」

「せっかくの酒がなぁ・・・」

「・・・」

「どうしてくれるんだい?」


そして。

呆然とする私の目の前で、あの人は着物姿の女の人の唇に―――口づけた。


「んぅッ・・・!!」


全部、目の前で繰り広げられている光景なのに、頭が追いついていかない。

取り残される。


「んッ、・・・ぅ」

「つ、―――ら」


時折あの人の口から漏れ出す言葉。

聞き取れないのに酷く優しげな声音が、今あの人の腕に抱かれている彼女の名前だということを私に否応になしに突き付けた。


「酔ッ、て・・・」

「あぁ、酔ってるぜ?」


するりと女の人の腰を撫でる手つきに、酔っ払ってないじゃないなんて考えられる私はきっとどうかしてしまった。


「だ、ッめ・・・です!」


女の人はあの人の身体を押し退ける。


「・・・誰か、ッ・・・来たら―――」

「誰も来ねぇよ」

「も、」

「・・・あぁ、続きは帰ってから・・・か?」

「ッ、!」







なんでもいい。

人の笑い声でも猫の泣き声でも車のブレーキ音でも。

なんでもいいからこの静けさをどうにかしてよ。

私の耳を塞いでよ・・・。

神様―――。






「なぁ、つらら?」






あぁ、なんて。

納得している私を、きっと神様は笑ってる。








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