50000HIT

□見えない楽園を
1ページ/2ページ



「おい―――ッ、!!」


ずるり、と。

突然、リクオの隣を歩く身体が傾いだ。


「つららッ!?」

「・・・」

「おい、つらら!!」

「大丈夫、ですから・・・」


構うな、とでも言うようにつららは腕を伸ばして、覗き込もうとするリクオの動きを遮る。

だが必死に突っ撥ねようとするその肩は大仰なくらいに上下していて、彼は見る見る表情を歪めた。


「つらら」

「・・・私は平気です、平気ですからリクオ様は家長を―――」


そう。

ここはリクオの部屋でも、ましてや奴良家の屋敷でもない。

夜の遊歩に出た先、浮世絵町のある細道なのだ。


「あの・・・」


躊躇いがちに吐かれる言葉は二人のよく知る声音。

けれども彼女の目には、彼ら―――友人の奴良リクオと及川氷麗―――の姿は映っていなかった。


「大丈夫ですか・・・?」


カナは恐る恐る二人に近寄る。

真白い着物姿で蹲る女と、その身体を支える“あの人”のもとへと。


「悪いな、カナちゃん」

「え―――」


リクオは言うと、いとも簡単につららの身体を抱き上げた。


「リクオ、さま・・・」


荒い息を繰り返し、つららはそれでもリクオの腕から逃れようと身動ぎする。

だがそれもか弱いもので、掴もうと伸ばした震える指先は彼の着物を掠めることなくぱたりと落ちた。


「つららッ」


幼なじみの耳に届かせまいと、努めた声音もいつの間にか平生のそれになる。


「ッ、」


今日は昼間から日照りが強く、彼女が常と変わらぬ笑顔の裏で相当な体力を消耗していることは気づいていた。

けれども一人、夜半の遊歩に出ようと声をかければ供すると聞かぬ彼女に最終的には仕方ないと折れたのもまた自分自身で。

守るのは、自分しかいない。


「ごめんなさい・・・」

「喋るな」


諌めるように吐かれた言葉は、それでも酷く優しいものだった。






高鳴る胸と、軋むような痛み。

いつか見た光景と結ぶ目の前の情景に、カナは密かに溜息を吐いた。

いつしか、“あの人”の隣には真白い着物の女性。

いつしか、幼なじみの彼の側に当たり前のように“彼女”がいたように、なんの違和感もなく変化していく日常は自分に胸痛だけを残していく・・・。


「   」


あの人の声音に乗る誰かの名前。

聞きたいけど聞きたくない、そんな矛盾した想いがカナの頭の中を支配した。

それでも向かうのはあの人の場所。

そして影になっていてよく見えない真白い着物の女の人は、恋敵という名を忘れ思わず同情するほど気丈に振る舞う様が痛かった。


「悪いな、カナちゃん」

「え―――」


その時。

ふわりと、あの人が着物の女性を抱き上げる。

膝裏に手を添えた、彼の腕から落ちる黒い髪。

いつか清十字団で行った、捩眼山での出来事を思い起こさせるその有様は不自然なくらいに拍動を早めて。


「・・・」


いつだって自分はあの人の腕に抱かれる―――そんな女性を見遣る側。

視点が切り替わることなんて有り得ない。


「ごめんなさい・・・」

「喋るな」


最後に、自分のよく知る声が聞こえた気がした。







次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ