50000HIT

□ここで知れる真情
1ページ/3ページ



「な、な、な・・・なにこれぇええッ!!!!?」


朝の穏やかな一時に。

なんとも不釣り合いな声が響く。


「つららッ!?どうしたの!?つららッ!!」

「ッ、」


流石と言うべきか。

叫び声に一番に駆け付けたのは彼女の主、リクオだった。


「だ、だめですッ!!リクオ様!!開けちゃだめです!!!」

「つららッ!!?」


襖の向こうで張り裂けんばかりの声をあげている主に、つららも負けじと叫ぶ。

乱れた寝間着を掻き寄せながら・・・。


「つらら!?だって叫び声が―――」

「だ、大丈夫ですからッ!!私はなんとも―――」

「ごめん、開けるよ!!」

「―――ッ、!!?」


まあ、当たり前と言えば当たり前だろう。

切羽詰まったような叫び声が聞こえれば誰だって訝しむ。

にも関わらず、駆け付ければ当の本人は“大丈夫”の一言でそれを片付けようとしているのだから。


「・・・つらら、それ―――」

「やッ、・・・み、見ないでくださいッ!!!」


自分のものではない―――と思いたいそれを、つららは必死に隠した。

寝間着を押し上げるほどに大きく張った、豊満な胸を・・・。


「つらら、一体何が―――」

「ですからッ!見ないでください!!」


泣き出しそうになりながらも、胸を覆う腕だけは頑として緩めないつらら。

有り得ない―――というのもなんだか切ない話だが―――大きさの胸は、突然変異としか思えなかった。


「わ、分かったから―――」


だがその時。

二人の耳に新たな声が響く。


「―――な、なにこれ!!ちょっと、誰かぁああッ!!!」


本日二度目の叫声が、奴良組本家に木霊した。






「要は、雪女と毛倡妓の身体が―――」

「―――入れ替わったと」

「そういうことですな?」


カラス天狗の言葉を牛鬼が拾い、それは木魚達磨へと渡った。

そして彼が、眉ねを寄せる鴆へと問いかける。


「だろうな。調べてみねぇと詳しくは分からねぇが、なんせ前例がねぇ・・・」

「まぁ肉体が入れ替わったというだけで、これといった外傷もないようだから良かったではない―――」

「良いわけないでしょッ!?」


カラス天狗の言葉に憤慨したのは毛倡妓だ。

彼女は肩を落としながら、着物の襟をちらりと覗く。


「胸が・・・」

「や、やめてよッ、毛倡妓!私の身体なのよ!?」

「え?あぁ、そうだったわね、ごめんごめん」


憤怒したつららに毛倡妓は苦笑して、手早く着物を正した。

息を荒くした彼女は涙目である。


「コホン。では暫くは様子見ということで・・・」


赤面しながら各々外方を向いていた男性陣を代表して木魚達磨が言い、彼らは次々に腰を上げた。


「こっちも早急に調べてはみるが・・・それまでは我慢してくれ」


鴆も短く言うと、足早に居間を後にする。

残されたのは肩を落としたつららと毛倡妓、そしてリクオと首無の四人だけだった。


「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」


沈黙が痛い。


「・・・原因は分からないけど、確かになっちゃったものはしょうがないわよね」

「毛倡妓・・・?」

「ほら、つらら。元気出して!滅多に味わえないわよ〜?こんな感覚。あ、肩は凝るかもしれないけど」

「「ぶッ!!」」


毛倡妓の言葉に、茶を啜っていたリクオと首無が同時に吹き出す。


「リ、リクオ様!?大丈夫ですかッ!?」

「ちょっと、首無?」

「ッ、!?だ、大丈夫だよ、つらら。大丈夫だから―――」


言いかけて、リクオは思いきり顔を背けた。

直視できない。


「へ?」

「・・・つらら、やっぱり私の着物を貸すわ」

「?」


リクオ様が可哀相だもの、と呟き、毛倡妓は驚くつららの手を引いて居間を出ていった。

小柄な彼女に合わせて作られた着物では、明らかに寸法に狂いが出ている。

主に胸に・・・。






「リクオ様ぁ・・・」

「あ、あぁ。聞いてる、聞いてる」


つららの心許ない声に、自室で彼女に背を向けたリクオは大きく頷いた。

その距離、優に三丈。

それはまるで痴話喧嘩でもしているかのようだった。

夜半になり彼が妖の姿となっても、状況が好転することはなく。

むしろ平生ならば常に必要以上に側近との触れ合いを楽しむリクオが、可能な限りに彼女との距離をとろうとしているからいよいよつららも焦った。

元に戻らないということはもちろん、この距離感はただただ淋しい。


「リクオ様・・・」

「ッ、・・・つらら、それ以上はマズイッ―――」

「私の身体ではありませんから!お気になさらず!!」


つららは畳の上を這うようにずいっとリクオに近寄った。


「おいッ、つらら!!」

「やっぱり、だめですか・・・?」

「―――ッ、!!」


襟から覗く鎖骨の下、着物の上からでも分かるほどの膨らみが前屈みになる度跳ねるように揺れる。


「つら、」

「ん・・・」


やはり違和感は感じるのか、慣れない感覚につららは眉を潜めながら無意識に胸間に指先を這わせる。

濡羽の髪が鎖骨から、着物に隠れた胸先に流れた。


「リクオ様・・・」


そして極めつけは、潤んだ瞳の上目遣い。


「わ、悪いッ・・・」


リクオは口元を抑え、顔を背けた。

すると、流石のつららもこれには沈鬱。


「・・・いえ、仕方ないことです」


渋々といった感じだったが、つららは肩を落としながらも素直に後退する。

日頃から自分にはない豊満な胸に憧れてはいたが、今は違う。

明朝に希望を託し、彼女はいそいそと主の部屋を後にするのだった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ