BSR

□hellebore -x’masrose
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「…の、政宗殿!」

誰かが俺の名前を必死に呼んでいる。
意識が朦朧とする中で瞼の向こう側が突き刺すように眩しい。
感じるはずが、ないのに。
右眼に、なんとなくだが左の其れに視えるのと同じものを感じる。

−視えるはずが、ない。
 これは、ただの幻想だ。

政宗はゆっくりと右腕を動かし掌を右目の上へと被せる。
幻視はあるはずのない眼球を剔るような痛みと共に映し出す。

−幻想思念など厄介なだけだ。
 俺は前を向いていなくちゃならねぇってのに…

「政宗殿!大丈夫でござるか!?」
「…幸村?」

政宗は思考を停止し重い瞼を持ち上げる。もう幾度と左眼にこの朝日を浴びせてきたが慣れることなど一向になく、寧ろ右眼に感化されているのではないかと思う程光を拒む。
「うなされておられた。水でも飲まれるか?」
「うなされてた?」
政宗は幸村の言葉を反芻する。しかし口内でその言葉を転がしてみても思い当たるものはない。
「覚えてねぇな。大したことじゃなかったんだろ。」
迂闊だった。寝ている時とはいえ誰かに弱みを見せるなんて俺らしくない。しかもそれが幸村だっていうのなら尚更だ。
「しかし」
「大丈夫だ。Tanks 幸村。」
尚も食い下がろうとする幸村を制し政宗はいつもの乾いた笑い声でそう言った。

と、その時。

「ッつ!?」
唐突に右眼に激痛が走る。
焼け、焦げ付き、貼り付くような嫌な感触だ。

この痛みは、あの時の
−『汚らわしい!』
あの人があの人のあの人は
「ぅああぁあぁぁあああぁあぁあぁ!!」
あの人は、母は、いつだって俺を忌み嫌っていて。
でも確かに俺はあの人が好きだったはずなのに、あの人に会う度に、あの人と目を合わせる度に恐ろしいと言うよりは弱い者を見るようなあの視線が右の眼球を突き刺していて。
この痛みが何なのか解らなかったあの頃とは違う。表裏一体、愛憎とはよく言ったものだ。
俺はあの人を愛していたが、同時に殺したい程憎んでいたというわけだ。

政宗はつい自分の直ぐ脇にいた幸村の腕にしがみつく。
「政宗殿!?だ、誰かー」
誰かを呼びに行こうと立ち上がりかけた幸村を必死で掴み言う。
「ゆ、幸村!問題ねぇっ…だから此処に居ろっ…」
「横になられるかっ…?」
幸村は震える声で言う。額からは汗が溢れている。
「心配しすぎだ。…頭痛が酷かっただけだ。」
政宗は自分でも無理があると思う言い訳をす
る。

「…っ今日の」
「ん?」
「今日の政宗殿は何処かおかしいでござる!いつもなら某よりも早く起き、某などには絶対に弱き所など見せぬというのに今日は!今日はっ…」
「幸村…」
「某はそんなに頼りがないだろうか…?」
幸村はいつになく弱々しくそう言い政宗の目を見つめた。
その目があまりに真っ直ぐだったこともあり政宗は目を逸らす。幸村の姿勢が、想いが、瞳が、真っ直ぐであることなどいつものことだというそんな簡単なことにも政宗は気付く余裕がなかった。

ー話せば、楽になるのか…?
いや、なるはずがない。そんなことで楽になるのだったらとうの昔に眼帯を付ける習慣など無くなっていたはずだ。それでも、左眼を動かすと見える幸村の瞳の真っ直ぐさには気を当てられてしまう。
幸村は未だ真剣な瞳で政宗を捉えている。
政宗は仕方がないと言ったように眉をひそめ、目を逸らしたまま呟くように話し始める。
「…傷が…右眼が痛むんだ。夢の内容は覚えていねぇが……右眼から、妙に甘い香りがしたのは覚えている。」
幸村はそのらしくない政宗を黙って見つめ耳を傾けている。
「…こんなこと、小十郎になんか言えねぇ…。」
言い始めたら想いが溢れてきたのだろうか。政宗の口からは当人さえも理解の追いついていないような言葉が出てくる。
「政宗殿!某に何か出来ることは無いのであろうか?某に出来ることがあるのならば何でも仰って下さらぬか!」

幸村は政宗が自分に話してくれたということが余程嬉しかったのか、そして話した内容をどれ程理解したのか、
安易にも、
安易にも幸村はそう言った。
「何…でも?」
政宗は顔を上げ幸村の方を向く。
「応。」
幸村はそれを正面から受け止める。

「それなら、」
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