□ヒガン。
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東部の田舎道。
確りと塗装を施された都会的な道を歩いたのと変わらない軍靴で。現在は塗装などされてもいない、田舎くさい荒れた道を歩いている。聞き慣れた軍靴の音は立たない。変わりに靴底に付く湿った土がただ不快なだけ。
どんな気持ちで歩いている。

頭の中で何を考えているか、なんて誰にも見えやしない。
思惑など感じさせず、真っ直ぐに前を見据えて歩く私。その左斜め後ろ。凛とした気配。良い緊張感を持ちつつ、安心感も与えてくれる、不思議なそれ。ちらりと目だけを動かして確認をする。何処までも私に付き従ってくれる彼女は、強く美しい。例えば彼女なら、この道をどのような気持ちで歩いているのだろうか。

「なにか?」
彼女の長い睫毛を見つめていると、私の視線を感じたらしい彼女が、どうかしたのかと問いかけてくる。視線を合わせた、鷹の目。私達の頭上では、田舎の空らしく鷹が舞っている。
「君はこの道をどのような気持ちで歩いているのかと思ってね」
素直に打ち明ける。彼女を相手に誤魔化しは必要無い。
「そうですね。彼岸花を美しいと思っていたところです」
「彼岸花?」
「はい」
彼女に言われるまで特に気に留めていなかったが、この道は彼岸花に赤く染められていた。
「珍しいな。彼岸花は不気味だと感じる人ばかりかと思っていたよ」
「大佐にはどう見えますか」
他愛もない会話に付き合ってくれる、どこか機嫌の良い彼女にそう訊かれて。私は彼岸花を考えてみる。
「そうだな…。美しくは、見えないかな。不気味にも感じないが」
「そうですか」
「君は?何処を美しいと思った」
彼女は彼岸花に視線を移して、秋の風に金髪を揺られながら、話し始めた。
「何処でしょうね。妖しさ、でしょうか?怖くて好きですよ」
そう言う彼女が私の目に妖しく映る。
「変わっているね。女性は花に妖しさではなく可憐さを求めるものだよ」
「私は貴方が相瀬を重ねる女性のようではありませんから」
「知っているよ」
だから君なんだ。
「花でも贈ろうか」
「はい?」
彼岸花に歩み寄って行きながら、適当な言い訳を口にする。
「日頃の感謝だよ。彼岸花、好きなんだろう」
千切って彼女に渡そうと、茎に触れかけたところで止められた。
「何故。君は花が可哀想、とか言う乙女ではないだろう」
「そうですね。それは違います。私は、花の為でも私の為でもなく、貴方の為に止めているのです。彼岸花を千切ると火事になりますよ」
意外だった。
「…それ、信じているの?」
「昔、彼岸花を千切ろうとした時に、父に言われたんです」
「師匠に?それは怖いな」
千切ることを諦めて彼岸花から離れる。
「焔なら負けない気がするが。彼岸花の祟りは恐ろしいか」
「焔の錬金術ほどではないですよ」
彼女の微笑みが、妖しく、美しい。
目を反らせないでいる私を置いて、彼女はいつものポーカーフェイスに戻る。
「でも、彼岸花を贈るなんていただけませんね。まさかロイ・マスタングともあろうお人が、花言葉をご存知ではないのですか」
「ああ。彼岸花のは知らない」
数多くの女性に、幾度も花束をプレゼントしてきた。だからそれなりに、私の代わりとなって言葉を伝えてくれる花を知っている。けれども彼岸花を贈りたいと思ったのはこれが初めてで。彼岸花の花言葉を知る機会などなかったのだ。
「悲しい思い出。諦め。彼岸花の花言葉です」
贈ってしまえば、その瞬間に。悲しい思い出になってしまう気がして、恐くなった。諦める瞬間が思い浮かんでしまい、恐さは増した。彼女の声が頭の中で鳴る。「怖くて好きですよ」彼岸花は怖い。
「すまん。知らなかったとは言え、君に贈る花ではなかった。情熱的な赤をしているから、花言葉もきっと、情熱的だと思ったんだ」
「あら、私に情熱的なお言葉をくださろうとしていらしたのですか」
ポーカーフェイスの彼女の表情が、意地悪く見えた。
「彼岸花に代弁させなくても、直接言ってくださればいいですよ」
そう言われても。彼岸花の赤を情熱的に感じたのは事実だが、いったい自分はどんな言葉を託して、彼女に届けようとしたのか、よくわかっていない。
「情熱的に見えるんですね」
「え?」
「私にこの赤は血に見えます」
「…恐ろしいな」
「彼岸花の花言葉の一つに、情熱もあるんですよ」
驚いた。
私に見えていたものが、花が持つ言葉の一つだったことに。そして、話をする彼女が楽しげに、私に向かって微笑みかけたことに。
彼岸花を揺らす秋の風。
私の心を揺らす鷹の目。
「彼岸花は開花期間が一週間ほどなのですが、どうしてお彼岸を選ぶのでしょう。秋のお彼岸と時を同じくするかのように開花するのは、何か意味があるのでしょうか」
妖しさが揺れる。
「彼岸花が咲いている今は、あの世とこの世が最も通じている瞬間です」
「うん」
雲の切れ間から太陽の光が、彼女と彼岸花を射した。まるで、今にもあの世へ連れて行ってしまいそうだ。彼岸花が続くこの道が、あの世へと続く道に見えてしまう。
「悲願しているの」
思わず訊ねていた。あの世へと連れて行かれることを、彼女自身が拒んでいないように見えたからだ。
「悲願していることは、ただ一つです」
彼女の白い指が一つを表す。
「貴方がこの国を変えること。是非とも成し遂げたいと思う、悲壮な願いなんて。私には他にありません」
彼女に行かないで、と思わず泣いて縋ってしまいそうだ。
「いったい何を悲願していると思われたのですか」
「君は師匠の後を追いたいのかと思った」
「私が追いかけるのは、生涯でロイ・マスタング。貴方一人きりだというのに」
「その言葉、師匠が聞いていたら焼かれそうだ」
「聞いているのでは?ほら、今はあの世とこの世が最も通じていますし」
意地の悪い彼女。でも、傍に居て欲しい。
「先ずはこの東部の田舎町から変えて征こうか」


彼岸花に赤く染められた道。この赤を情熱的だと捉えるのも、血のようだと捉えるのも、自由だ。私達が征く道は、真っ赤に染められているのだが、さて、どう見えるだろう?

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