□ひだまり、story2
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手を離したのは、屋上の入り口から数えて七段目だった。一度のアイコンタクトの後、感情を押さえ込んで手を離した。大丈夫だと伝えるためにハボック少尉を見上げたはずなのに、出逢った瞳の優しさに、私のほうが大丈夫を送られていた。
たった一段下りる度に、近付いてしまうものがある。それは今の二人にはあまりにも恐くて。手を繋いだままではいられなかった。他人に二人の関係を知られて、守るべきひとに迷惑をかけることを、私も少尉も望んでいない。
さらに二段下りると、踊り場に着く。そこは階段の途中でやや広く場をとって平らに作られている。私は、自分の髪が少尉におろされたままであることを思い出した。休憩を終えて仕事に戻る前に直さないと。
「少尉。バレッタを返して」
言うと少尉はきょとんとした表情を返した。
「仕事中に髪が邪魔になるから必要なの」
そう言って、返すようにと開いた掌を差し出した。少尉が軍服のポケットを探る。すぐに大きな掌が、いつものそれを返してくれた。
受け取って、急いでバレッタを付けようと髪に手を伸ばすと、残念そうにしている少尉が気になった。
「…なにかしら」
「髪をおろしている中尉が綺麗だったもんですから。残念だなぁ、と思いまして」
「もう、」
照れを隠しながら早く髪を纏めてしまおうとするけれど、少尉に手を掴まれて、そのままバレッタも取られてしまった。
「少尉」
「これを外したのは俺だから、付けるのも俺の役目です」
何よそれ、と抗議をしようとしたのだけれど。目があうと、何故だか今はつよく返せなかった。これが惚れた弱みと呼ばれるものなのかしら。
少尉は私の両方の肩に手をおくと、くるりと体を回転させてしまう。思わず少尉、と声があがった。
「上官の髪を直す部下がいる?」
手を繋いでいる場面を見られることを避けたばかりなのに。
「誰も居ないし、すぐに済むよ」
「あら、女の髪を直すのに慣れているのね」
だけど聞こえてくるのが嬉しそうな笑い声で、悪い気はしなかった。少尉が嬉しいのなら、私も嬉しいと思えた。こんな思いも初めてだった。
「ほらほら、また考え事してる」
「貴方は考えなさすぎるのよ」
「だって俺のぶんまで中尉が考えてくれるし」
金髪を掬い上げるその手はやはり心地よい。屋上と比べると階段はひんやりとしていた。だけど、なんだかぽかぽかする。ハボック少尉の隣は、私にとっての“ひだまり”。
「できた」
「ありがとう」
お礼を言ってすぐに、早く仕事に戻らなければと、一歩踏み出したその時。少尉の声に引き留められた。
「次にまた考え事ばっかしてると、そん時は、俺のことしか考えられないようにしちゃいますよ?」

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