□ひだまり
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恋人ができた。
会いにいきたいと廊下を歩く私の表情は、友人と祖父によれば、これまでの私とどうやら違うらしい。そう言われてみれば、今こうして屋上へと続く階段を上るこのかんじも、今までのそれとどこか違うように感じるから不思議だ。
恋をすると世界が一変する。
暇潰しに読んだ小説の真ん中あたりの一行だったかしら、経験が乏しい私にはよくわからないが、つまりはそういうことなんだと思う。私はハボック少尉に恋をしてるんだわ。
少し重たいドアを開けるとすぐに風が頬をかすめた。太陽がまぶしくて目を細める。空は雲一つなくてどこまでも青かった。
「リザさん」
くわえ煙草の彼はとてもにこやかで、私がすきな空気を纏っていた。
微笑みを返して、少尉のもとへと駆ける。
上司と部下という関係だった最近まで、隣に腰を下ろす時には互いに許可をとっていた。けれども今は、恋人同士。微笑みあって、自然と隣に座る。あと少しで肩が触れるという距離。もどかしい、微妙な距離。私から近づくことはまだ上手くできない。
隣に座る彼を見てみる。青空を眺めて煙草を吸う、その横顔を格好いいと思った。私らしくないと、自分に今起きている変化に戸惑う。こんなこと、初めてだった。
「…リザさん?」
考え事をしている私の瞳を、気が付けば少尉が覗き込んでいた。
「疲れてる?大丈夫?」
「大丈夫よ」
少尉はひとを気遣える優しいひとだ。
「ちょっと、貴方が格好いいな、って見惚れていただけ」
少尉の前では、素直でいられた。
恋人になる前からそうだった。部下である時から。素直でいられないような日も、少尉に会うといつの間にか素直になれていた。そんな不思議な雰囲気を少尉は持っていた。
「ちょっとだけかぁ」
楽しそうに少尉は私の肩に凭れかかってきた。こうしていつも、少尉は私との距離を自然に詰めてゆく。寄り添ってくれる。からだを預けてくれたり、甘えてくれるのが素直に嬉しい。私からも歩み寄りたい、少尉に。
「でもリザさんに格好いいって言って貰えるなんて光栄だなー」
煙草の火をもみ消しながら、少尉は嬉しそうに目尻を下げて笑った。それがあまりに可愛くて、私は手を伸ばして、少尉の髪を撫でてみた。
ーー幸せすぎてこわいと表現するのだろうか。軍服を着て恋をすることに、時折、哀しみを思い出す。
「!」
「また、何か考え事してた」
少尉は私の頬っぺたを親指と人差し指でつまんでいた。引っ張ったりして、頬を弄びながら言葉が続けられる。
「駄目ですよー。リザさんは考えすぎです」
優しい掌が頬を撫でる。少尉の指が耳をかすめた瞬間に少し肩が震えた。掌は後頭部へとまわされていく。バレッタが外される小さな音がたって、金髪が落ちてきた。
少尉は不思議なひと。
「…どうしてわかるの?」
「そりゃわかりますよ。いつも見てるから」
「…」
「リザさんって鈍感だからなぁ」
「…鈍感?」
「うん。そこも可愛いけど」
少尉の手は今度は金髪を撫でていた。少尉の指で髪を梳かれるのはとても心地よくて。また、私らしくない思いがうまれる。
「もう戻らないとね」
もっとこうしていたいと思った。けれどもそれを伝えて甘えることはできない。
「…そうッスね」
名残惜しい。
少尉の掌が肌をすべり、顎を掴まれる。そこで熱い眼差しと出会う。恋する。目を閉じて、キスをした。
「充電、」
そう言って少尉は悪戯に笑う。
それから立ち上がり、手を差し出してくれた。私は素直にその手をとった。
「ドアまで手を繋いでいてもいいっスか?」
赤く染まった頬を隠すように、小さく頷いた。少尉が微笑んだのがわかる。
キスをして手を繋いで黙って歩く。
恋のしあわせも。言葉のないしあわせも。この手にあるだなんて、未だ信じられない。胸が熱くなるのは、繋いだ少尉の手が熱いからだろうか。
あっという間にドアの前に辿り着いて、少尉が片手でそれを開ける。けれども離し難くて。結局、階段を六段下りるところまで、手を繋いだままだった。

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