□指切り
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差し出された中佐の右手の小指に、自らの小指を絡めるのは、とても戸惑った。相手が“中佐”だからなのか、“マスタングさん”だからなのか、戸惑う理由がその二択であることを私は知っていた。けれど答えを出したいとは思わない。いまは、こわい。
中佐が小指を差し出してから、数秒遅れて、私は自らの小指をそれに近付けていった。中佐が何も話さずにただ見つめるから。私もいまわざわざ声にしたい言葉がなくて、互いに黙ると聞こえてくるのは自らのうるさいくらいの心臓の音だけになる。例えば風の音だとか、人が活きる音だとか、もっと聞こえるはずなのにいまは何故か耳に入って来ない。
指のはらが、中佐の小指の第二関節の辺りに触れた。触れたところから腕を走って胸を何かが刺激する。これを切ないというのか、寂しいというのか、愛しいというのか。わからない感情が溢れ出す。
触れても絡ませない私に、焦がれたような瞳をして、中佐の方からぎゅっと指を絡ませてくれた。
「約束する」
力強かった。絡めた小指も。見つめる瞳も。目の前の中佐も。
このひとは約束を守ってくれると確信する。
絡めてくれた小指に、想いに、こたえるように私からもぎゅっと力を込めた。震えが伝わるけれど、どちらかな。お互い様だろうかと思うのは、自惚れているだろうか。
見上げた中佐の顔は、幼い頃からずっと見上げてきたそれのようで、けれどもなにか違っている。私が一生、見上げるのはこのひとだけだと、この瞬間に覚る。何処までもついてゆきたい。側に置いて欲しい。
このひとは約束を守ってくれると安心するだけではいけないから。私も約束を守らなければと、自らを奮い立たす。
「約束します」
このひとについてゆくためには、いまのままではいけないと感じとる。中佐が必要とするものに、私は変わり続けられる。
いい大人が指切りげんまんをして見つめあっているのは、客観的に変な光景だと思ったが、そんなことはどうでもよかった。

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