□終点
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見上げれば夜空には星が見えなかった。けれど星の明かりよりも身近で、暖かな灯りは見えて、私は安心をして頬をゆるめた。
夜空に輝く満天の星より、こうして彼女の部屋に灯りがついていることのほうが、私を安心させる。


彼女の部屋がある階まで階段をかけあがり、彼女の部屋までの廊下を足早に歩く。もうすぐに彼女に逢えると思うと、疲れなど何処かへ飛んで行った。

「…」

今日の言い訳はどうしようかと、彼女の部屋のドアを前にして、今更に思った。
「逢いたい」ただ、それだけなのだが、彼女はゆるしてくれるだろうか。


ドアが開いて彼女の姿が見えると、私はほっと安堵の息をもらして喜んだ。
司令部では格好良くバレッタで纏められている髪が、今はおろされており、そんな何気ないことに女性らしさを感じて。揺れた髪に心を揺さぶられて。

怪訝そうに見上げてくる中尉に、私は慌てて、何でもない風を装って微笑みかけた。

眼で送るサイン。彼女が苦笑すれば伝わった証だ。

彼女の掌が私の頬を包む。「もう、こんなに冷たくして」と責める声に、身を任せて、目を閉じる。「あっためて」
素直に甘えてみたが返事はなかった。
彼女の掌が離れて、目を開ける。
脱兎のような後ろ姿を追いかけて、部屋にあがる。
垣間見た頬が可愛らしく染まっていたから、愛しさはまた募った。

「ちゅういー」

呼びながら彼女の部屋をどんどんと進んでいく。私の部屋とは違い、床に本が置かれていないため進みやすい。頭の片隅でそろそろ彼女にまた掃除を頼まなければと考える。


「食事は済ませて来たのでしょう?」
「うん」
「お風呂にします?」
「風呂も済んでいる」
「では…」
「話をしよう」
「…話?」

いったいなにを話すんだと目で訴えている。

「うん。とにかく君と、なんでもいいから話したかったんだ」

たとえばデート中に君に電話をかけるぐらいじゃ足らなかった。
この眼で直接君の顔を見ながらでないと意味がなかった。この耳で直接君の声を聞きながらでないと価値がなかった。
君じゃないと愛はない。


何を話すか少し悩んだ彼女がハヤテ号の話で良いかと訊いてくる。「ああ」と短く返事をして、適当に腰を下ろした。彼女の部屋のソファーは心地よくて好きだ。

何か飲み物を用意してくると言う彼女の手を掴んで止めた。「大佐?」

掴んだその手を引いて、私の膝の上に座らせる。彼女が驚いているのが伝わる。

「あの…」

掴んでいた手は離した。
両腕を彼女の腹部にまわして、肩に顎を乗せる。この腕の中に彼女がいるというのは、やはり落ち着く。「はやく話を聞かせて」


「…これだと話づらい」

そう小声で意見を口にした彼女だが、私の腕の中にいてくれた。
ハヤテ号の話を始めた中尉を後ろから抱きしめて、彼女の声に集中するため目を閉じた。
「ただいま」その言葉がふさわしい気がして。言いたくなった。


「…おかえりなさい、…マスタングさん」

慣れない言葉にぎこちなく、けれど幸せに微笑んだ。
懐かしい響きに、帰りたい場所。

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