□車の中で隠れてキスをしよう
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焦って、焦れったくて、焦がれて。半ば無理矢理に中尉を助手席に座らせて。車を発進させた。ずっとこうしたかった。

私がハンドルを握り、中尉が隣に座るなんて滅多に無い。だいたいは彼女が運転をしてくれ、私は後部座席で眠ったり、時折ミラー越しに彼女を見たりしていた。
いつもと違う、その感じも落ち着かない。何度も中尉を盗み見た。彼女は終始、車窓から景色を眺めていて、私を見てはくれなかった。見慣れた景色のどこをおもしろいと彼女は感じるのか気になったが、ただ気まずいだけかもしれない。


司令部から彼女の自宅まで、会話もないままに着いてしまった。焦る。焦れる。焦がれる。待って、行かないでくれと、彼女の手を握っていた。手に柔らかな感触と少しつめたい温度を感じて、目線を落として握られた手を確認して、そこで初めて私が中尉の手を握ったのだと理解した。無意識に、反射的に。だった。

「…大佐?」

私の顔を覗き込んでくる中尉が可愛くてたまらない。思わず握った手に力を込めてしまった。中尉を見つめたまま、私はリザ・ホークアイを好きだと心から想う。

「あの…」

「…うん?」

「送ってくださってありがとうございます」

こんな瞬間にも律儀にお礼をするところが彼女らしいと考えていたから、返事は適当になった。
そして再び沈黙する。先ほどから探しているが言葉は見つからないし、合わせたまま視線を反らしたくないし。

吸い込まれそうな瞳で見つめ返されると、このまま彼女の瞳の中に閉じ込められてもいいと思った。


もっと近づきたくて。距離をつめてゆく。身体中が心臓になったようだとばかな例えが頭に浮かぶ。

「…たいさ」

額と額を合わせたところで彼女が私を階級で呼んだ。吐息が肌をかすめる。
私を呼ぶ彼女への返事は、今はこれしかしたくなかった。

「リザ」

ファーストネーム。呼ぶと彼女は肩を震わせた。なにもかもが愛しく感じられて、そのままくちびるを重ねた。

握った手はそのままに。もっと深くくちづけたくて、空いていた片方の手を彼女の頭まで伸ばした。触れたくちびるも、髪も、すべてが愛しくてたまらない。

中尉の片方の手は、遠慮がちに私の軍服に伸ばされていて。ぎゅっと掴んでくれているのに気が付いて、さらに彼女を可愛く思った。


薄暗い車内で、中尉の肩が震えているのに気がついた。
笑っているのか?
泣いているのか?

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