長編小説
□ポトガラ屋がやってきた!
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-雪がちらつき始めた朝方
廊下を駆ける足音が聞こえたかと思うと勢いよく襖が開いた。そこには上気した面持ちで総司はニコニコと笑っていた。
「激しい運動は禁止だと言っただろう。」
書き物をしていた俺の側にやってきた総司の頭を軽くこついた。総司は軽く舌を出して誤魔化す。
「だって来客が来たんですもの」
「来客?」
誰が来るなんて予定は今日はなかった筈なのだが。
俺は疑わしげに眉を寄せた。
「ポトガラ屋さん(写真屋)だそうです。」
「ポトガラぁ?」
「何か御用があっていらっしゃった様ですよ。」
「そんなもん悠々と撮っている暇はねえ。追い返せ。」
吐き捨てる様に言った俺にそれは申し訳ありませんよ、と総司は繰り返す。
「まあまあ、折角来て下さった訳ですし、お茶ぐらい出しましょうよ」
総司と問答している最中、勇さんが俺の部屋に入ってきた。
「トシ、ちょっといいか。」
「構わねえが、どうした」
「おっ、総司もいたのか。」
「ふふ、近藤先生だ」
勇さんは総司の頭をぽんぽん撫でると総司はくすぐったそうに目を細めた。
「今ね、ポトガラ屋さんがいらっしゃったから土方さんに報告に来ていたんです。でも追い返せの一点張りで困っていたところなんですよ。」
総司は此方をわざとらしくちらちらみる。
「ああ、それは俺の友人だよ。」
「は?どういうことだ」
「実は最近妾宅通いしてる間に知り合ったポトガラ屋と親しくなってな。希望者がいる時は撮ってくれると言っていたんだが、今日来るとは思わなかった。トシ、お前もどうだ」
「俺はいい」
俺が苦りきった顔で切り返した後、総司は疑問を呈した面持ちで勇さんを覗き込んだ。
「生きた人間をそのまま入れ込んだ様だから、魂を吸い込まれるって噂を聞いたことがあるんですけれど、大丈夫なんですか?」
「まあ、そういう噂がないという訳でもないが、今のところ死んだ人間はいないみたいだぞ。この間知り合った某殿なんか常連なくらいだからな。」
勇さんは豪快に笑っている。恐れよりもむしろ興味の方が先に立つらしい。
勇さんは古来から日本贔屓だが、それは武士道に於いてのみであって、西洋の変わった物には何でも手を出す癖があった。最近知り合いになった蘭方医もその類である。
俺は思想なんてないし、西洋の物は優れたものが多いから興味はある。
もっとも、実用的な武器あたりを導入出来れば余程有利であろうが、勇さんがそれを許さなかった。
「私も行ってみようかな」
気が変わったのか、総司は何か思いついたかのように呟いた。
「却下」
「えー!!先生はいいのに何で私は駄目なんです!!」
「……ポトガラは駄目だ」
尚も突っぱねた俺に総司は胡乱な目を向けた。
「まあいいじゃないか、トシ。総司と二人で外を散歩してくるよ。」
「とにかく駄目だ。屯所で黙って寝てろ」
「……屯所で黙って寝ていると体に悪いから外を歩けって言ったの、どこのだれでしたっけ」
言葉に詰まった俺を見て、総司はしたり顔をした。
「大丈夫ですよ、土方さん。そんなに心配して下さらなくても私は魂を抜かれたりしませんってー」
「別に心配なんか…。」
病気の総司の魂を抜くなど冗談にしても笑えない。
が、今ここでとやかく言っても馬の耳に念仏であろう。俺は黙って黙認することにした。