香りにまつわる短編集
□家族的短編
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俺の家にオレンジの香りが漂うようになったのはいつからか。
きっと姉のせいだろう。彼女の部屋から特に香ってくるから。
「タカフミ、入るわよ」
「何?どうしたの?」
ほら、オレンジの香り。
「ね、あのCD貸して?」
「どのCDだよ」
「え〜っと……あの洋楽」
「それじゃ分からねぇって」
俺が呆れていると、姉はそうねぇ、なんて言いながら、小首を傾けて考える仕草を見せる。
そして、数秒後に目を見開いて極端に嬉しそうに頬を盛り上げて笑った。
「あ。そうそう。マルーン5!……だっけ?」
ああ、またオレンジが匂う。
「え?マルーン5とか聞きたいの?」
「悪い?」
憮然として俺を睨みつける、が。目が笑っている。
「アレだろ、彼氏が好きって言ったとか」
茶化すように適当に放った一言に、姉は思いの外狼狽し始めた。
「え……え?なんで!?タカシのこと知ってるの?」
「は!?マジで彼氏いるの?俺と名前似てるし」
姉の困惑っぷりは大きくなった。目が泳いで、手が落ち着きなく髪を触っている。
ひどく強く、オレンジの匂いがするような気がした。
結局姉は俺が渡したCDを受け取ると、詳しくは今度ちゃんと話すから、と言って部屋を出て行った。
「なんなんだ?」
俺はオレンジの残り香に身を委ねて、うっすらと思った。
姉から漂うあの、ほんわりとしたオレンジの香りはきっと。
いい恋愛をしている証なのだろう。
俺もいつか……