香りにまつわる短編集

□恋愛的短編
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「これってさ、なんだかミカンの花っていうより、葉っぱの匂いだよな」
 そういって顔をしかめる彼は、ちらりと私のほうに目線だけよこしてきた。そして意地悪そうに唇の端を引き上げる。
「可愛いイメージなのに実は苦み走ってるとか、お前みてぇ」
「うるさいなぁ」
「ほらほら、そういうところがお前っぽいんだよ」

 可愛い顔してるんだけどなぁ、と彼は小さく呟いてみせる。でもそれは、確実に私に聞こえるように。そして、鼻に近づけていたビンを近くのテーブルに乗せ、私の正面に近寄ってきた。かと思ったら、おもむろに腕を伸ばして手を包み込むように握る。
「何?」
 憮然として、私は彼の目を見つめる。今、彼の目を占めているのは意地悪さが大半で、ほんの少しだけ優しさと憂いの色が滲んでいる。
「拗ねるなよ……そうだ。俺さ、お前のことネロリって呼ぼうかな」
 くすくすと笑いながらそう言う彼を、思い切り睨んでやってから手を振りほどこうとした。彼はそれを許さず、かえってきつく圧迫される。
「ほら、また。ネロリ」
「うるさいなぁ」
「お前、それしか言わないのな」
 彼の目を優しさが満たして、彼は少し首を傾ける。彼がキスを仕掛けてくる、いつもの合図。
 手はきつく握られたまま。ならば私に出来る抵抗は顔を背けるだけしかない。
「こら。もう、お前ってホント、ネロリなんだから」
「仕方ないでしょ?」
 吐き出すようにそう言う。
「仕方ないよな。俺ってそんなネロリが好きなんだもんな」

 彼はやっと私の手を解放して今度は覆いかぶさってくる。
 のしかかってくる重みに一息ついて、彼の背中に手を伸ばす。結局、私はあの言葉だけで全部許しちゃうんだよな。

 苦そうなのに甘い匂いのオイルってあったっけ?そんな私の思考は、首筋にきつく吸い付く感触に奪われていった。

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