誘惑蜘蛛 book
□誘惑蜘蛛
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気付くと、そこは真っ白な世界だった。
「目、覚めたか」
「りじ、ちょ、」
ゆっくりと、辺りを見回せば、そこは病室なのだとわかって。
隣りの、近いところから聞き慣れた声がして振り返れば、そこには理事長がいてくれて。
今、何時なんだろう。
時間の感覚がまったくなくて、彼に随分と迷惑をかけてしまったと慌てた。
「っ、ごめんなさい、わたし、」
「謝らなくていい、気にするな」
「でも、」
「自分のことだけ考えろ。お前は人のことを思いすぎて自分をないがしろにしすぎだ」
「っ、」
ポンポン、と、頭を撫でられる感覚に安堵する。
何も、変わったわけではない。
何も、忘れたわけじゃない。
家族がいなくなってしまったこと、わたしはちゃんと覚えてる。
「ゆっくりでいい。警察のはなしは俺が聞いておいたから、後で話そう。今日はもう、寝てもいい」
「いえ、大丈夫です。落ち着きましたから、」
いつからいてくれたんだろう。
わたしがこの病院に来てからずっと傍にいて、離れないでいてくれた。
それがわたしにとってどんなに心強かったことか。
ゆっくり体を起こして、理事長を見つめる。
「理事長、ありがとうございます、」
ゆっくりと、頭を下げた。
たくさん、迷惑をかけた。
わたしにできることは、今できることは。
お礼を伝えることしかなくて。
誘惑蜘蛛