誘惑蜘蛛 book
□誘惑蜘蛛
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そんなある日。
名無しさんは担任に頼まれ、理事長室の花瓶の花を変えていた。
花瓶を洗い、新しい花をさす。
そして、入学式以来使っていないであろうこの部屋の空気の入れ替えをする。
「あ、……」
ふわ、と。
春の風が耳を掠めて。
窓から見える風景は、綺麗で、どこか儚げで。
「…………、」
何かを見て、綺麗で、泣きそうになるなんてことは、初めてだった。
綺麗な花が咲き誇っているわけではない。
けれど、緑の茂る、その景色は、どこか心を掴んで放さなかった。
「気になるか?」
「っ、………」
ふと、後ろから声がして。
驚いて、振り向く。
「あ、……理事長…」
「少し忘れ物をした。」
「は、はぁ……」
かたん、と、机の引き出しを開ける、理事長。
遠くで見た時から思っていたけれど、やっぱり綺麗だ。
なんて、男性に思うのは失礼だろうか。