誘惑蜘蛛 book

□誘惑蜘蛛
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のんびりとした休日。
どこか出掛けるでもなく、何をするでもないのに、なんでこんなに幸せなんだろう。
ソファーに座ってコーヒーを飲む八戒を見て、なんだか慣れなくてそわそわ。


「名無しさん、おいで?」

「っ、」




ふいに目が合って、優しく呼ばれて。
胸の奥がこんなにもきゅんとしてしまうのは仕方のないことのように思う。

となりに座れば、優しく髪を梳かれて。
引き寄せられて、キス。


「そんなに警戒しなくても、今は襲ったりしませんよ?」


「っ、警戒してたんじゃない、よ、」




クスクス笑う八戒に、つられて笑って。
くすぐったい感覚を、少しずつ、実感した。



「あれ、?」


そんな中、響いたのはチャイムの音。
今日は休日だから誰も来る予定はないのに。



「あ、悟空、」



玄関に向かえば、そこには悟空の姿。
部活帰りなのか、ジャージ姿で。



「え、と、」


「誰か来てんのか?」

「八戒がいるよ」




珍しい休日の訪問に、一瞬焦る。
八戒は離婚したことを3人に話したと言っていたけど、3人との仲がどうなっているかまでは聞いていなくて。
鉢合わせしても大丈夫なのかわからなくて、少し慌ててしまった。






「悟空、珍しいですね、休日に」

「部活、早く終わったからきたんだ」




玄関に、八戒が来て。
悟空と対面。
表向きは普通にしてるから、大丈夫なのかもしれない。




「上がってい?」


「あ、うん、」



聞かれて咄嗟に返事をしてしまった。
八戒がどうか気になったけど、それに気づいた八戒が目線だけで大丈夫だと伝えてくれた。




「じゃあ、今日のところは僕は帰りますね」

「八戒、」


「また来ます、もういつでも来られますから」


さらり、と撫でられて、キスされる。
一度荷物を取りに部屋に戻った八戒は、優しく微笑んで帰っていった。









「ごめんな、いきなり」

「ううん、」





八戒の使っていたグリーンのマグカップを片付けて、イエローのマグカップを出す。
四つ、随分と前に買ったそれは先生たちの瞳の色と一緒で。



「っ、」


後ろから急に抱き締められて体が跳ねる。
先ほどまでとは違う香りに包まれて。




「オレ、今日は謝りにきたんだ」

「え?」



ぎゅっ、と、抱きしめられてる腕に力が籠って、聞こえたのはいつもと違う弱々しい声。
謝りにきた、なんて、わたしは何も謝られるようなことをされた覚えはないのに。



「欲に任せて学校で抱いたこと。名無しさんを困らせただけなんじゃないかって。名無しさんを支えたいって思いからだんだん、好きな思いだけが先に立っちまった」


こんな風に、思ってもらえるわたしはなんて幸せなんだろう。
学校で抱かれたことだって、困ったことなどなかった。
それより大きな愛情で包んでもらったわたしがどれほど救われたことか。




「悟空、わたし、困ってなんかなかったよ。充分支えてもらって、感謝の気持ちしかない」




振り返って、目を見て紡ぐ。
本当に謝りたいのはわたしのほうだ。
みんな、リスクを承知でわたしに安らぎをくれたのだから。





「八戒のことを聞いた時、嫉妬したんだ。それに、焦って、」


きんいろの瞳がゆらりと揺れて。
頬に添えられた手は、ひどくあたたかくて。


「でも確かに、このままでいいはず、なかったんだよな」




吸い込まれるようにキスされて。
頭が警報を鳴らす。
その表情は何か、とてつもない覚悟をした表情で。




「このままに、しないから」








もう一度、キスを落とされて、離される。



「今日は、帰るよ」





小さく微笑んで、わたしに背を向けた悟空。
なにも、言えないわたしは愚かだ。
確証はない。けれど、何か、わたしの望まない結末を迎えてしまいそうな予感がして、体が震えた。









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