誘惑蜘蛛 book
□誘惑蜘蛛
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「名無しさん、」
教室に入った瞬間、静まり返って苦笑する。
きっとみんな、なんて声をかけたらいいかわからないんだろう、腫れ物みたいになってしまうのは仕方ないことで。
苦笑して、席に向かう。
そうすればすぐに菜緒が来て。
「おかえり」
「ただいま、菜緒」
ああやっぱり。
菜緒はわたしのことをわかってくれてる。
過剰に心配しすぎず、わたしの隣りに立って支えようとしてくれる。
わたしにとって一番ありがたい場所で、わたしを見守ってくれるんだ。
「名無しさんの分のノート、とっといたから。特に英語!これ見れば苦手な英語もばっちり!よ?」
「わー!ありがとう!助かる!」
ニッコリと笑った菜緒に、ニッコリと笑って返す。
少しだけど、残っていたわたしの日常に帰って来た気がした。
「席つけよー」
担任の先生が教室に入って来て、大人しく席につく。
何もかも変わらずにはいられなかった。
けれど確かに、変わらないでいてくれるものもあったんだ。