誘惑蜘蛛 book
□誘惑蜘蛛
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「っ、あの、」
「いい、名無しさんは悪くないから、」
何かを発しようと口を開けば、目の前の悟浄先生がそれを制して。
ゆっくりと、離された体。
熱が離れたせいか、なんなのかはわからないけど体が震えて。
「何をしようとしていた」
「悪いのは俺だ、俺が名無しさんを無理矢理、」
「っ、違、」
「帰るぞ、」
「……ああ、」
悟浄先生は、わたしにキスしようとしてた。
こどもと、大人の狭間であるわたしにも、それははっきりとわかって。
けど、わたしが止めなかったのも事実で。
先生は悪くない。
先生はきっと、わたしを慰めようとしただけだ。
先生の髪を血の色だと言ってしまった、わたしを。
(そう思わなきゃわたしは先に進めない、)
「名無しさん、また来る」
「ごーめんね、名無しさんチャン」
ふたりが、部屋から出ていく。
わたしはそれを止めることも、声をかけることもできなくて。
ドアの閉まる音がして、静かになる部屋。
「ど、しよ、」
その場にぺたんと座り込む。
わたしのせいで悟浄先生が処罰されてしまったら。
わたしのせいで、ふたりの関係を壊してしまったら。
「やだ、よ、」
しあわせな日常が崩れてしまうのはもう、嫌だ。