誘惑蜘蛛 book

□誘惑蜘蛛
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お父さんとお母さんの部屋から、片付けてく。


お父さんがいつも着ていたYシャツ。
お母さんがいつもつけていたエプロン。


ひとつひとつ、箱に詰めていく。


ここにいると、ただいま、って、いつものようにお父さんが帰ってくる気がする。


ごはんできたよ、って、お母さんの声が聞こえる気がする。


もう、絶対ないのだと理解しているはずなのに、心のどこかでそれを望んでた。








「っ、」







また、涙が溢れそうになって慌てて下を向く。
涙がひとつ、零れた瞬間、インターホンが鳴って。





慌てて立ち上がって涙を拭う。
理事長かな、先生かな。
誰であったとしても、泣いていたらまた心配をかけてしまう。








「はい」


「桜沢チャン、来たよ」


「悟浄先生、今開けます」








インターホンから聞こえたのは、聞き慣れた悟浄先生の声。
見えたのは赤い、紅い髪で。









「こんばんは、先生。今日はお一人なんですね」


「ああ、八戒が校長に来る前に校長に呼ばれちゃったからな」







聞き慣れた、先生の声。
だけど実は久々で、しかもひとりで来てくれるのは初めてで。


悟浄先生もまた、わたしを気にしていてくれたんだと心の中で感謝して。






「片付け中だった?」


「……はい、みんなの荷物を…そろそろ片付けないとと思って」


「そっか、」


「よくわかりましたね」


「髪、結んでたから」







する、と髪を一房とられて、悟浄先生が指に絡める。


バレー部だけど、長い髪はいつか、ここぞという時に切ろうと決めていた。







「先生の髪は紅いですね」


「ん、ああ、」


「……血の色みたい、」


「っ、!」


「っ、あ、ごめんなさい、」







ふいに、口から吐かれた言葉。


父と母と、弟が流した血の色。
紅いものを見た一番印象に残っている出来事がそれだったせいか、ついそう言ってしまった。


失礼なことを言ってしまった、と、慌てて謝ったけど。







「名無しさん、」


「っ、せんせ、」







ぐい、と、体を引かれて、悟浄先生の腕の中に収まる。


驚いて先生の顔を見ようと胸板を押すけど、力強い腕に阻まれて。










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