お題:学園萌50のお題(1)

□05、転校生:ギイ(2年生7月)
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学園萌50のお題(5)  配布元:BLUE100Titles
転校生 〜ギイサイド〜

 そいつは、オレと同じ人間を見つめていた。
 その切なそうな瞳の意味を一年間、オレはあえて無視して過ごした。
 二年になって、運悪くそいつとはまた同じクラスになった。
 だが、オレは譲る気はないんだよ。悪いがコイツだけは絶対に。

 そいつ、野呂夏樹が珍しくもオレに話しかけてきたのは、一学期もあとわずかという7月の中旬だった。
「ギイ、級長。あとで時間もらってもいいかな?」
「なんだ、野呂」
「折り入って、ギイに話しておきたいことがあってさ。放課後、大丈夫かい」
「ああ、今日は委員会も入ってないし、大丈夫だが」
「ありがとう。じゃあ、あとで」
 そんな話があった放課後。
 託生が寮に帰って一人になったオレのところにやってきた野呂は、周囲をうかがって、こっそりとオレにだけ聞こえるように
「できるだけ、人に聞かれたくない話なんだけど…」
「じゃあ、校舎の屋上に行こう」
 連れ立って、向った屋上には誰もいなかった。
「で、話って何だ? 野呂」
「おれ、一学期いっぱいで転校することに決めたんだ。だから、級長には言っておこうと思って」
「…野呂、松本たちはもう知ってるのか?」
「うん。さすがに先生たちには話したよ。だけど、みんなには言わないで欲しいって頼んだんだ。あと少しだけしかいられないけど、みんなには普通に接して欲しいからさ。あ、だけど弓道部のみんなには話してあるよ。夏休みの大会選抜メンバーは一応、二年も対象だからね」
「そうか。なあ、一応転校の理由、聞いてもいいか?」
「…親父が、余命半年と診断されたんだ。だから、できるだけ傍にいてやりたいと思ってさ。ここからじゃ、容態が急変しても絶対に間に合わないしね」
「…そうか」
「時間がないという意味では、おれも同じになったわけだから、おれも祠堂で残りの期間を有意義に過ごしたいと思ってる。最後に思い残すことだけはしたくないしさ。それで級長、いや、ギイに頼みがあるんだ」
 …級長じゃなく、オレに、ねぇ。
「…なんだ?」
「その1。おれの転校は終業式最後のホームルームまで他言しないで欲しい」
「ああ」
「その2。去年は断られたけど、最後だから、クラスメイトとしておれの写真に入って欲しい」
「…他に流さないって誓えるか?」
「もちろん。だって、オレの個人的趣味だよ。幼稚園からだから、けっこう歴長いんだぜ。その中でその年のクラスメイト全員を写せなかったのは去年だけにしたいんだ。なんなら、自分の分焼いた後、ネガ渡そうか」
「いいだろう」
「その3。クラスメイト全員ということで、今年は葉山くんにも声をかけるから、睨まないでくれよ」
「オレはそこまで狭量じゃないよ」
「そうかな。たまに赤池にまで牽制してるの誰だっけ?」
 くすくす笑う野呂をあえて無視する。
「その4。ギイと葉山くんのツーショット写真を撮りたい。できれば葉山くんの一番きれいな顔のショットで」
「…野呂?」
「ギイは気付いてるよね。おれが一年の時から葉山くんを見てたこと。だから去年、おれのことをさりげなく避けてただろう?」
 やっぱり気付いてたか。あからさまにはしてないつもりだったんだがな。
「…まあな」
「おれさ、驚いたんだ。まさか祠堂でまた葉山くんに会えるなんて思ってもみなかったから。でも何より驚いたのは、葉山くんが別人のようになってたことだったんだ」
「…野呂? おまえ…?」
 過去の託生を知ってる?
「おれさ、小学校の低学年の時、静岡にいたんだ。葉山くん、いや、たーくんとはその時のクラスメイトだったんだ。元気で明るくてバイオリンがうまくて。でも自分の感情をうまく表現できなくてもどかしそうで、時々寂しそうで。だから、目が離せなかった」
 オレの見てない期間の託生を知っていたのか。
「おれの親父の転勤で転校が決まった時、お別れ会でバイオリンを弾いてくれたんだ。その時の笑顔がすごくきれいで印象的だった。祠堂で再会した時、葉山くんはおれのことをすっかり忘れていたし、関わることすらできなくなってた。二年連続で同じクラスになったものの、結局おれは葉山くんに何もできなかった。笑顔になってもらうことも、片倉の友達ってくくりを外すことも告白も。まあ、告白は、あえてしなかった、が正解だけどね」
 あえてしなかった、だと?
「…野呂?」
「だってさ、去年、葉山くんを見てたら分かってしまったんだ。あんなに周囲を拒絶していたのに、葉山くんの視線が誰を見ているのか、をさ。もし当人に気付かれても誰を見ているのか判らないほど遠くから、葉山くんは一心にギイを見ていた。それに気づいていて、告白する勇気なんかなかった。だから、今年。ギイが葉山くんと同室になって葉山くんがどんどん元に戻っていくのをずっと見ていた。今の葉山くんは、もう昔の葉山くんじゃない。あの小学生のたーくんが幼虫だとしたら、去年の葉山くんは蛹で、今年の葉山くんは蝶になってるんだ」
「おまえはそれでいいのか?」
 傍で見ているだけで。
「…いいよ。ただ、たぶんこんな偶然なんてもうないと思うから。その5。終業式の後で、305に行く。そして、二人の前でおれは葉山くんに告白する。以上」
「…わかった。野呂の最後の頼み、聞いてやるよ」
「ありがとう、ギイ。これで思い残すことなく、祠堂を出られそうだ」
 迷いのない瞳で笑う野呂に、オレは何も言えなかった。
 野呂の行動は早かった。
 翌日には託生を写真撮影に誘い、色よい返事をもらったらしく昼休み、オレたちのところに来ると
「というわけで、葉山くんを借りるね、ギイ」
「ああ」
「…え?」
 ギイ、来ないの? とでかでかと顔に書いて首を傾げる託生に
「オレはこのあと少し用があるから、別の時間に入るんだよ」
 と告げると
「そうなんだ」
 思い切り寂しそうな、不安そうな顔をする託生に悪いとは思いつつ、オレは堪え切れずに吹き出した。
苦笑いの野呂に
「その時も葉山くんに声かけさせてもらうから、心配しなくてもいいよ」
 と声をかけられ、考えていたことが表情に出ていたことを知った託生が慌てふためいて、さらにオレの笑いを誘ってくれる。
「さ、とりあえず、中庭に急ごう。もうみんな行ってるし」
「あ、うん。じゃあ、行ってくるね、ギイ」
 ひらひらと手を振るオレを教室に残し、託生は野呂と連れだって中庭へ向かっていった。
 オレはその後屋上に向かい、中庭で写真を撮る野呂たちに気付かれないようにそれを見ていた。
 楽しげに撮影していた一団が爆笑し、撮影が終了した。
 カメラを片付けに一人集団から離れた野呂が、画像を確認するふりでカメラをこちらに向けた。
 きらりとレンズが光を反射した時、託生とのツーショットをどこで撮るか、オレは決めた。
 5時間目が終わった休み時間、トイレに立った野呂に
「今晩、夕食後にオレたちの部屋の窓に照準を合わせておけよ。チャンスは一度きりだからな」
「…わかった。ありがとう、ギイ」
 まったくだよ。あんな可愛い託生、絶対非公開にしておきたいんだからな。
 オレは何事もなかったように教室に戻り、いつものように過ごした。

「ただいま、託生」
 夕食後。
 部屋に戻ったオレは、閉められていたカーテンと窓を開けて
「おいで、託生」
 託生を窓辺に呼ぶ。
「どうしたの、ギイ」
「ん? 昼間は暑かったけど、今はいい風が吹き始めたから、託生と涼みたいなってさ」
「あ、ほんとだ」
 窓から入ってくる風に吹かれて、気持ちよさそうな託生。
 野呂のカメラがどこにあるかは知らないが、アングルを微調整する時間くらいはやるさ。
「…託生」
 呼ばれてオレを見上げる託生が、間近にあるオレの顔に小さく驚く。
「…あ」
 するりと腰を抱いて引き寄せ、視線を絡める。
「…たくみ」
 ささやきを唇に落としてやると、託生がまぶたを閉じる。
 明るい部屋の開け放った窓辺での口づけにいつもなら抵抗する託生も今日はオレにされるがままで。
 だんだんと角度を変えて長く深くなっていく口づけに託生は抵抗することもなく、オレの手に堕ちてくれる。
「…託生」
「…ギイ…」
 立っていられなくなってオレに縋りついた託生を抱きあげ、オレたちはシーツの海でもつれあった。
 迎えた終業式。
 一学期最後のホームルームで知らされる、野呂の転校。
 ざわめく教室の中、託生も驚いたように野呂を見ていた。
 その野呂が、宣言通り305にやってきて、託生に封筒を差し出す。
「葉山くん、もらってくれないかな」
「え、でも」
「もらってやれよ、託生」
 遠慮する託生に後ろからオレが声をかける。
「…ギイ」
 そんなオレたちの前で野呂はひとつ大きく息を吸うと
「ずっと葉山くんのことが好きでした。でも、おれは葉山くんに話しかけることもできなかった。その代わりずっと見ていた。だから、判ってしまった。葉山くんが誰とも関わらないようにしていながら、本当は誰を想っていたのかを。だから、おれは片思いでもよかった。だって、おれじゃあこんな葉山くんの笑顔を見ることができなかったから。残念なのは、これから先の葉山くんの笑顔を見ることができないことだけど、その分はギイが見てくれるだろうし、ギイが葉山くんを笑顔にしてくれるんだよね」
 それは約束してやるよ。
「ああ、野呂」
 オレは託生の肩を抱いて、そっと引き寄せる。
「おまえもいい恋をしろよ。託生はやれないけどな」
「ああ、ありがとう、ギイ。…葉山くん」
「なに、野呂くん」
「最後に握手してもらっていいかな」
「…うん」
 託生が差し出す手に野呂の手が触れ、グッと握る。
「それじゃ」
 そう言って笑うと、野呂は部屋を出て行った。
 野呂から渡された封筒を手にした託生とオレのベッドに座ると
「…ギイ、知ってたの?」
「転校のことか? それとも野呂が託生を好きだったことか?」
「…どっちも」
「知ってたよ。託生のことをずっと見てたから、分かっちまった。譲る気はなかったけどな。転校ことは野呂から直接聞いた。半月くらい前かな。最後だから、託生に告白したいってさ」
「そうだったんだ」

 結局、自分が託生の小学生時代を知っていることを言わなかった野呂は、託生に去年から撮りためた写真を渡して行ったが、後日、オレのところにも郵便が届いた。
 封筒の中に入っていたのは、小さな託生たち。
その最後の一枚は、目を閉じて楽しそうにバイオリンを弾く託生。
 黒板に『野呂くん、お元気で』と書かれていることから、野呂が言っていたお別れ会の一枚らしい。
 写真の託生に、発表会の託生が重なる。
 そして――
 オレのまぶたに焼き付いて離れない『ステイションの君』の笑顔が鮮やかによみがえり、それはあの頃よりも大人びて艶めいた今の託生へと繋がった――。

END

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