お題:学園萌50のお題(1)
□05、転校生:託生(2年生7月)
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学園萌50のお題(5) 配布元:BLUE100Titles
転校生 〜託生サイド〜
「葉山くん、ちょっといいかな」
ためらいがちにぼくに話しかけてきたのは、去年も同じクラスだった(辛うじて覚えている、というか利久と同じ弓道部なので、よく利久が話しかけていた)野呂夏樹だった。
「なんだい、野呂くん」
「昼休みに、みんなで一緒に中庭で写真を撮るんだけど、葉山くんも入ってくれないかな」
「あ、うん。いいよ、っていうか、いいのかい、ぼくが入って」
「うん、どっちかっていうと、是非入って欲しいんだ」
少しはにかんだように言う野呂に
「え、是非?」
つい訊いてしまった。
「…うん。ほら、去年も同じクラスだったけど、なかなか話しかけづらかったからさ。実はおれ、写真が趣味でさ。去年もクラスのみんなを被写体にけっこう撮ってたんだけど、ギイと葉山くんには声がかけづらくて一枚もないんだ。でも、今年は少し事情が変わったから。おれの趣味を押しつけるんだから、もらってくれとは言わないけど、撮らせて欲しいんだ。どこにも流さないからさ」
なるほど。確かに去年のぼくは、写真に入ってくれと言われても入らなかっただろうな。
あれ、でもギイもなんて意外だよな。
そういうの、嫌がりそうじゃないのに。
「いいよ。昼休みだね」
頷くぼくに
「ありがとう。移動するとき、声をかけるから」
と、嬉しそうに笑うと、自分の席に戻って行った。
ギイがトイレから戻ってきたと同時にチャイムが鳴ってしまい、ぼくは野呂と写真のことをギイに話せずに授業が始まってしまった。
そして、昼休み。
野呂があちこちに声をかけて、ぼくたちのところに来ると、
「というわけで、葉山くんを借りるね、ギイ」
「ああ」
「…え?」
ギイ、来ないの?
「オレはこのあと少し用があるから、別の時間に入るんだよ」
「そうなんだ」
少し残念だな。
「その時も葉山くんに声かけさせてもらうから、心配しなくてもいいよ」
ぼくの顔を見て吹き出したギイと苦笑いの野呂。
…あの、ぼく、そんなに不安そうな顔してたのか!?
「さ、とりあえず、中庭に急ごう。もうみんな行ってるし」
「あ、うん。じゃあ、行ってくるね、ギイ」
ひらひらと手を振るギイを教室に残し、ぼくは野呂と連れだって中庭へ向かった。
中庭には結構な人数が集まっていた。
そしてその中に、
「あ、利久」
「お、託生」
利久をはじめとする弓道部の面々もそこにはいて。
「託生も写真に混ざるのか?」
「うん」
「そっか、じゃあ野呂の野望、達成かな?」
「野望?」
なに、それ。
「あいつさ、写真が趣味でそれこそ幼稚園の時からのクラスメイト全員を写真に納めてるんだってさ。でも、去年はどうしても託生に声かけられなかったって、修了式の日に落ち込んでたからさ」
「そうなんだ」
「よかったなあ、野呂」
「…そうだね」
話しているぼくらに野呂の声がかかる。
「そこのお二人さん、そろそろ並んでもらっていいかな」
「あ、すまん、野呂。行こうぜ、託生」
「うん」
みんなと並んで、写真に納まる。
「野呂ー、おまえも入れよ。セルフタイマーできるんだろ?」
並んでいる誰かから声がかかる。
「そうだね、じゃあ、タイマーセットするから、少し待ってくれ」
タイマーをセットして、野呂がぼくの隣に滑り込んだ。
そして、
「はい、チービ!」
思ってもみない掛け声に、全員無事笑顔で写真に納まった。
「ただいま、託生」
夕食後。
部屋に戻ってきたギイは、閉めていたカーテンと窓を開けて
「おいで、託生」
ぼくを窓辺に呼ぶ。
「どうしたの、ギイ」
「ん? 昼間は暑かったけど、今はいい風が吹き始めたから、託生と涼みたいなってさ」
「あ、ほんとだ」
窓から入ってくる風が気持ちいい。
夜風に当たりながら、やさしい時間が過ぎていく。
「…託生」
呼ばれてギイを見上げると、間近にギイの顔があって
「…あ」
するりと腰を抱かれて、絡んだ視線が離せなくなる。
「…たくみ」
ささやきが唇に落ちてきて、ぼくはまぶたを閉じる。
部屋には明かりがついていて、ぼくらは開け放った窓辺で口づけていて。
誰かに見つかったら大問題なのに、ぼくはすっかりギイに酔ってしまっていて。
だんだんと長く深くなっていく口づけにぼくは抵抗することもなくギイの手に堕ちた。
その時、ぼくはまだ知らなかったのだ。
昼間の利久の言葉の意味も、ギイの行動の意味も、そして野呂の真意も。
迎えた終業式。
一学期最後のホームルームでぼくは初めて知ったのだ。
野呂が、転校することを。
「葉山くん、もらってくれないかな」
退寮で忙しい中、野呂が305にやってきて、封筒を差し出す。
「え、でも」
「もらってやれよ、託生」
「…ギイ」
そんなぼくらの前で野呂はひとつ大きく息を吸うと
「ずっと葉山くんのことが好きでした。でも、おれは葉山くんに話しかけることもできなかった。その代わりずっと見ていた。だから、判ってしまった。葉山くんが誰とも関わらないようにしていながら、本当は誰を想っていたのかを。だから、おれは片思いでもよかった。だって、おれじゃあこんな葉山くんの笑顔を見ることができなかったから。残念なのは、これから先の葉山くんの笑顔を見ることができないことだけど、その分はギイが見てくれるだろうし、ギイが葉山くんを笑顔にしてくれるんだよね」
「ああ、野呂」
ギイの手がぼくの肩を抱いて、そっと引き寄せられる。
「おまえもいい恋をしろよ。託生はやれないけどな」
「ああ、ありがとう、ギイ。…葉山くん」
「なに、野呂くん」
「最後に握手してもらっていいかな」
「…うん」
ぼくが差し出す手に野呂の手が触れ、グッと握られる。
「それじゃ」
そう言って笑うと、野呂は部屋を出て行った。
「…ギイ、知ってたの?」
「転校のことか? それとも野呂が託生を好きだったことか?」
「…どっちも」
「知ってたよ。託生のことをずっと見てたから、分かっちまった。譲る気はなかったけどな。転校ことは野呂から直接聞いた。最後だから、託生に告白したいってさ」
「そうだったんだ」
手の中の封筒には去年のぼくと今年のぼくがたくさん入っていた。
それを見て、こんなに表情が変わるものなのかと自分でも驚いた。
そして、最後の写真はあの窓辺でのギイとのキスシーンで。
その写真の裏にはこう書かれていた。
『ありがとう。葉山くん、幸せになってね』
ぼくこそ、ありがとう。
あんなに周囲を拒絶していた去年、利久とギイ以外の誰かがぼくを気にかけてくれていたのだと、教えてくれた野呂にぼくはそう心の中で呟いた。
END