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□Schwangerschaft(シュヴァンガァシャフト)・01
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「阿部くん、ポカリのふた、締めて…」
弱々しい声にギョッとしながら、真っ暗な部屋の中で冷蔵庫の明かりだけがキッチンに灯る中、開けたばかりのポカリのキャップを慌てて閉めた。
「この匂いもダメ?」
「うん。ご飯とかも作れなくて、ホントにごめんね…」
―ポカリなんて匂うのか?―
男のオレには解らない感覚だが、妊娠が判り悪阻が本格化した三橋にはコレもどうも吐き気を誘う臭いになるらしい。
恐るべし妊婦の嗅覚。
よく「米の炊ける匂いが悪阻を誘う」とか聞くが、三橋の場合スポーツドリンクもお茶も水以外の全ての食い物の臭いがダメみたいで、三橋はもう1週間弱くらい水以外口にしていない。
それも一度に2口も飲めれば良い方で、それすら吐いてる。
この間の妊産婦検診でも脱水症状と栄養失調で引っかかり病院で点滴を受けてきて、結局診療時間内に終わらなくて迎えに行った。
つい3日前の出来事だ。
―妊婦ってこんなに過酷なモンなのか?―
床についてトイレ以外は起き上がれないフラついた状態の三橋に、俺は何にもしてやれない。
せめて少しでもカロリーになれば良いと思い三橋用ミネラルウォーターに砂糖を大量に溶かして、コッソリ飽和加糖水にしてやるくらいだ。
―こいつはどんどん消耗してってんのに、オレ(男)が三橋(女)にしてやれることってすげえ少ねェ―
もうホントに、このままじゃ、あと約10ヶ月もの間、三橋が保たないんじゃないかって感じで…正直、赤ん坊堕胎した方が良いんじゃないかって思ってた。
赤ん坊には悪いケド、オレには三橋の方が大事だから。