main(long・獄ハル)
□第一話
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-第一話-
「うっ・・・・、気持ち悪いっ・・・・」
そういったハルは、バタバタと勢いよくリビングから飛び出していった。
数十分後。
全く帰ってくる気配を見せないアイツに、さすがに不安になった。
「何やってんだ、あいつ・・・・」
見ていた雑誌をソファーに置きながら、リビングの扉を見つめる。
すると、小さくすすり泣くような声が、かすかに、本当に微かに聞こえてきた。
「っ・・・・!」
すぐにそれがあいつのものだと分かれば、若干早歩きでリビングを飛び出した。
『気持ち悪い』
そういっていたからおそらくはトイレだろう。
そう思いながらトイレの前に立てば、やはり扉に鍵がかかっていた。
「おい、大丈夫か?」
コンコンと小さくノックすれば、返事はなく、ただコンコンとノックだけが返ってきた。
ついでにぴったりと泣き声が止む。
-意地張ってる場合じゃねぇだろ。
-ていうか俺がほしいのはノックじゃなくて返事なんだよ。
そう思いながら、自然と呆れたような溜息をついてしまう。
「開けろ」
普段より格段に優しくそういえば、たった一言。
「嫌です」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
苛立つ気持ちを抑えてもう一度。
「いいから開けろ」
「嫌です」
「あーけーろ」
「いーやーでーす」
「ってんめぇ、開けろったら素直に開けやがれ!」
「隼人さんこそおとなしく引き下がればいいじゃないですかっ!」
「いいか。五秒以内に開けなかったら扉蹴破るぞ」
「ハルはそんなデンジャラスな脅しには屈しませんよ!」
「ごー」
「無駄です!」
「よーん」
「屈しませんからね!」
「さーん」
「だからっ・・・・」
「にー」
「隼人、さんっ・・・・?」
「いーち」
「っ!!!」
「ぜー・・・・
「わかりました!分かりましたからストップです!!」
バンっと勢いよく扉が開かれれば、その先にいたのは涙目になりながら口元をトイレットペーパーで抑えるハル。
「・・・・やっぱり吐いてたのか」
鼻先をかすめる嘔吐物独特の酸い臭い。
おそらくあの啜り泣きは、嘔吐する際の辛さからだろう。
-すぐに俺を呼べばよかったのに。
そうすれば背中をさすってやれた。
小さな後悔に苛まれながら、ハルを抱き寄せた。
「隼人さっ・・・・・」
「もう辛くないのか?」
優しく背中をさすりながら尋ねると、ハルが小さくうなずいた。
「どうした?風邪か?」
「熱はないんですが・・・・」
「そうか。一応薬飲んどけ」
-明日病院へ連れて行こう。
そう思いながら、ハルを抱き上げれば、彼女はびくっと体をふるわせた。
多分驚いたのだろう。
しかしさして抵抗する風もなく、服にしがみついてきた。
-やべぇ。可愛い。
ムクムクと湧き上がってくる支配欲を必死に押さえつけながら、トイレの水を流せば、再びリビングに向かった。
「あの・・・・、ハルのこと嫌いになりませんでしたか?」
薬を飲ませて、寝室のベッドに寝かせ、なかなか眠れないという彼女に、寝るまでそばにいると約束し、ハルの髪をすきながら添い寝をしてやっている時だった。
その不安げな小さな声が聞こえたのは。
「何でだよ?」
そう尋ね返せば、しばらくの沈黙の後、ハルが抱き着いてきた。
-ずいぶん積極的だな。
そんなことを思いながら、髪をすいていた手に力をこめ、抱きしめるようにすると、彼女からほぅっと安心したような小さなため息が漏れた。
「さっき、ハル吐いちゃって・・・・。汚かったでしょう?」
-馬鹿かこいつ。
そんなことで嫌われるとびくびくしていたハルが無性に可愛く思えてきた。
「惚れた女をそんなくだらないことでどう嫌いになれっていうんだよ」
ふっと思わず笑えば、少し怒ったような声が返ってきた。
「でもっ・・・・!女の子は気にするんです!ああいうの・・・・」
そういったハルの語尾が徐々に弱くなっていく。
「男はああいう時に女の背中さすってやりたいもんなんだよ」
だから今度からはすぐに俺を呼べ。
そういうと、ぎゅぅっと。
抱き着く力が強くなった。
そして小さく。
「大好きです、隼人さん」
本人は独り言のつもりなんだろう。
けどばっちり聞こえてる。
-・・・・・もういっそうのこと襲ってしまおうか、こいつ。
結構本気でそう思いかけたとき。
「スー・・・・・・・」
気持ちよさそうな寝息が聞こえた。
「こいつ、この状況で寝やがった」
少し苛立つも、目の前の少し間抜けな寝顔を見れば一気に許してしまう。
「おやすみ・・・・・」
優しく彼女の頭に口づける。
「俺も寝るか・・・・・」
ゆっくりと瞼を閉じれば、暖かなぬくもりに、意外とすぐに眠りに落ちた。
-続く-