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□赤い果実
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《今日、飲みません?》

突然のメールだった。

たった一文、絵文字なし。

ついでに件名もなし。






それで待ち合わせをしてしまう自分もどうかと思う。


が、仕方ないのではないだろうか?

少なくとも自分が好意を持っている異性に誘われたら、誰だって断れないのではないだろうか。


ただ、相手は人妻。


ついでに仕事場の同僚の。




まぁ、この際何でもいい。

こちらから誘ったわけでもないし。



そんな女々しいことを悶々と考えながら、待ち合わせの店へ一足早く来て、飲んでいると。



「お待たせしました」



背後から透き通ったちょっと高めの声。


彼女だ。

獄寺ハル。




「もう飲んでるんですか?」


くすくすと笑いながら隣の席に座る彼女。

見ると、いつもとは違った雰囲気をまとっていた。


薄紅色の口紅。

露出の高い服装。

大人びた表情。


普段の彼女ではないみたいだった。


店内の照明は暗く、余計色気を引き立たせている。



「私、これで」


マスターにメニューを見せ目当てのカクテルを指さす。


「私?ハル、じゃないわけ?」


一人称まで変わったのか。

そう思いながら少し眉をしかめれば、ハルは面白そうにくつくつと喉を鳴らした。


「いいじゃないですか、たまには」


チラリと投げかけられた視線が、自然と上目遣いになっている。


計算か?無意識か?


普段の彼女なら100%、無意識と断定できるだろう。



しかし、今の彼女は全く予想がつかない。



下手したら、計算だ。


「聞いてくださいよ、恭弥さん」


「っ・・・・・」


『恭弥さん』?

普段は雲雀さん、だ。


そんなことを考えていると、また彼女が面白そうな顔をしていた。


「何?」


なんとなく主導権を握られている雰囲気が気に入らない。

少し冷たく言い放ってみても、ハルの笑みは消えなかった。


「今、恭弥さんって言ったら肩が震えましたよ?」


そのセリフでやっと気が付いた。


僕はいま動揺している。

普段とは別人の『ハル』に。



そして再び、唐突にしゃべりだす彼女。


「隼人さんが、接待でキャバクラに行ってたんですよ」


まるで氷の世界の女王のような。

冷たい声色でそう一言。


「まぁ、男なんだから行くんじゃない?それくらい」

あくまでも平静を装い、こちらも冷たく返すと、ふっと彼女の口から笑いが漏れた。





「でも、私はプライドを傷つけられた気分です」



「でね、考えたんですよ」



「彼のプライドを傷つけるにはどうしたらいいか、って」






いつの間にか差し出されていたカクテル。


赤い、チェリー色のそれをくいっと一口口に含めば、ハルは僕の顔を覗き込むようにして問いかけた。








「ところで恭弥さん。今日、私がこのまま帰りたくない、って言ったら」






「どうします?」









赤い果実


その実を手にしてはいけない。


まるでアダムとイブの様な。



禁断の果実。

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