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□アイシテル
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「何?これ」



久しぶりの我が家。

玄関を開けたら抱き着いてきた妻の頭を撫でると、何か物足りない感じがした。

そしてやっと妻に視線を移すと、

そこにはさっぱりとした肩らへんまでの黒髪。

あまりの突然の彼女の変化にしばらく呆然としてしまった。

そのあとようやく我に返って短く尋ねれば、

「はひ、どれですか?」

キョトンとしたような返答が返ってきた。

「だから、これ」

少しイライラしながら、妻の髪を少し引っ張ると、彼女は顔をしかめた。

すると彼女はしばらく静止した後、信じられないものでも見るような目でこちらを見てきた。



「切ったんです」



その後、さらりと短く答えれば、何が気に食わなかったのか、不機嫌そうにリビングに歩いていく。

「ねぇ、スーツ・・・・」

ハルがスーツをしまってくれるのに慣れていたから、思わず彼女の後姿に声をかけた。

「それくらい自分でやってくださいよ」

顔だけをこちらに向け(しかも横目で見る程度)、思いっきり冷たく言い放たれたその言葉に、本日二度目のフリーズ。

バンッ!!!

次の瞬間、耳をつんざくような音が聞こえたかと思えば、それはハルがリビングへの扉を閉めた音だった。

仕方なく靴を脱ぎ、家に上がる。

自室に行き、スーツの上着だけをしまう。

そのままベッドに腰掛ける。


さて、何があんなに彼女を怒らせているのだろう。


自分に気に入らないことがあればすぐに暴力に移る。

そんな10年ほど前の僕からしたら、きっとこれはすごい成長だと思う。

それもこれも全部三浦ハル、改め雲雀ハルのせい。


今日はちゃんと空港に着いたときメールを入れた。

そして到着時刻に遅れることもなく家に着いた。

何一つおかしくなかったはず。


(仕方ない、理由を聞きに行くか)


小さくため息をつきながら、立ち上がり、自室の扉を開けると、そこには少しだけおしゃれをしたハルの姿があった。

「何、その恰好」

「出かけるんです」

ふいっとわざとらしく顔をそむける彼女。

「どこに?」

「新しくできた駅前のカフェですよ」

そう言ったハルは、玄関で薄いピンクのヒールを履く。


「誰と?」



「獄寺さんとです」


玄関の扉を開けた瞬間、先ほどの角度と同じ、少しだけこちらを向いた顔には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。


(限界)


そんな単語が頭を一瞬よぎったかと思えば、彼女に近寄り、カバンを持っていた方の手を思いっきり引っ張っていた。

「ちょっ・・・・っ!」

慌てたような声と、バランスを崩してこちらに倒れこんでくるハルを支えながら、空いていた片手で扉の鍵を閉める。

「離してくださいっ!!」

一方、あっさりと身を封じられた彼女はじたばたと僕の腕の中で暴れている。

「一週間前から約束してたんです!」

「獄寺さんがカフェに連れて行ってくれるって!」

「新作のケーキもすっごくおいしそうなんですからね!」

「獄寺さんだって、楽しみだなって、笑ってくれて!」

「獄寺さんはっ・・・・・・」

うるさい。

煩い、五月蠅い、うるさい、ウルサイ。

なんでそんなに獄寺獄寺言うわけ?

一週間前?

その日はちょうど帰る予定のメールを送った日じゃないか。

《楽しみにしてます!夜は二人でレストランでも行きたいですね♪》なんて。

あの文を打ったその指で。

あの文を送ったその携帯で。

あんな草食動物とカフェに行く約束をしてた、なんて。

ましてや、そんな事実を放つその口で。

《好きですよっ、恭弥さん!》。

僕に愛を囁いてたの?


本当にバカだね、君。

さっきまでなら我慢できてたのに。



もう、無理だ。



「だからっ、離してっ・・・・・っ?!」

ぐっと強く押し返してきた彼女の両腕を片手でまとめあげて、そのまま壁に押し付けた。

「ハル・・・・」

「は、い・・・・・」

僕の冷たいまなざしにビクリと体を震わせるハル。

「君は僕を好きなんだよね?」

「・・・・・っ」

「ねぇ?」

「そう、ですよっ・・・・」

「じゃあ何であんな奴の名前を出すの?」

「だってっ・・・・・っ!!」

何かを言いかける彼女の唇を、自分の唇でふさぐ。

そのまま口内に舌を侵入させれば、彼女から微かな喘ぎ声が漏れてくる。

「はっ・・・・・ぁっ・・・」

少しだけ唇を離せば、二人の間を銀色の糸が繋いだ。

「ねぇ、言ってごらん?誰が好きなの?」

「はっ・・・」

彼女はいまだに息を整えられていない。

分かっていたけど、それでもすぐに返事をしない彼女に、どす黒い感情が胸から湧き上がってきた。

「誰?」

ぐいっとハルの顎を片手で無理やり上に向かせれば、ハルは顔を歪めた。

「いたっ・・・・・」

僕が手加減を忘れていたのか、彼女は本気で痛がっている。

でも手から力が抜けない。

分かっているけど、体が言うことを聞かない。


このままではハルがどこかへ行ってしまう。


そんな焦燥感が僕を包む。


こんな愛し方は間違ってる。

もっと《愛してる》って言ってあげて。

もっと優しく抱きしめてあげて。

もっと笑いかけてあげて。

もっと彼女を笑顔にできたなら。

きっと僕はもっと幸せになれるのに。

きっと彼女をもっと幸せにしてあげられるのに。



「ねえ、言ってよ。愛してるって」



こんな一方的な愛しか、僕は囁けないんだ。




アイシテル


「愛してますっ、・・・・恭弥さんっ・・・」


僕もだよ。


ずっと、アイシテル。
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