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心臓


努力する必要のない恋愛に、高杉は嫌気がさしていた。
好意を抱いてきた相手に、自分はイエスかノーか返事をすればいい。
答えがイエスである限り相手は自分のものであり、ノーと言えばその関係に終止符が打たれる。

弄ぶ、という遊びを一時は愉しんでいたが、すぐに飽きが生じた。
付き合った人間のタイプが偏っていたわけではない。
年齢は一つ年下から中年まで経験済みで、性格も職業も皆違う。

ただ自分から惚れたことがない。付き合っても好きにならない。
相手には困らないが、関係が長続きしない理由はそれだ。
いっそのこと、セクフレ数の日本新記録でも目指してみようか。
肉体のぶつかり合い以外に、何の楽しみがあろうか。

中学を卒業する頃だったか。
今まで関係を持ったどの男よりも魅力的だ、と思えるような人物に高杉は出会う。
それが坂田銀八だった。
高杉の学年の違うクラスの担任を受け持っていた。

当時は授業数も多く、彼の授業を受けることもしばしばあった。
口数が少なく、性格の暗さが滲み出ていた彼に話しかける気にはなれなかった。
彼と会話をするきっかけとなったのは、課題提出のため、国語準備室に行った時だった。

まともに向き合ってみて、お互いに惹かれるものがあったのかもしれない。
それからは一日数分話をする程度だったが、確実に距離は縮まっていった。

あまり笑わないし、黙りこむと怖いし、話が弾むわけでもないが、一緒に居て退屈しない人間。
高杉の中で、銀八はそう位置づけられた。

「飯でも食いに行くか」

プライベートでも付き合いをすることになった。名前で呼び合うようになった。
この男に抱かれる日が来るかもしれない、そんな予感がした。

「美味かった、御馳走様」

社会人と付き合うと得する事の一つ。お金を使わないことだった。

「次は?」
「ん?」
「会えんの」

あ、もう自分に気があるな、と分かった。
この男ならいい。ルックスも文句ないし、癖はあれど教師という無難な職業。
否、レッテル付きだからこそ。
声も割とタイプかもしれない。
少なくとも他の連中よりは長続きしそうだ。
高杉は既にイエスの言葉を用意していた。
が、今日は言わない。

「来週の日曜」

あと一週間か、と不機嫌そうに呟いた銀八が、年上ながら可愛い奴と思った。

あっという間の七日間だった。
今度は朝から晩まで遊ぶことにした。ショッピングモールで半日を費やした。

「銀八、俺アレも欲しいんだけど」
「人の財布からからにする気か」

現金が底を尽きているならクレジットで買えば、と思ったが、商品の値段を確認してさすがの高杉も断念した。

「楽しかったな、沢山買ったし」
「そりゃよかったな」

高杉の両手には大きな紙袋。全て銀八が買ってくれた。
隣でご機嫌斜めになっている銀八をちら見し、ちょっとやりすぎたと反省した。
他の男なら「俺を好きなら何でもやってみせろ」と言ってやるところだが、この男に対してそれは出来なかった。
多分、自分もこの男を気に入っていたから。

「飯は割り勘にするからさ」
「当たりめーだ」

睨みつけられた。やっぱり面白いや。
夕飯をすませて終電が近くなった頃、街の光から遠ざかる。

「晋助…」
「ん?」

人気のない道を歩いていた。だからそんな気になったのかもしれない。

「付き合うか…」

決してこちらを見ようとせず、その言葉を口にした彼の横顔は夜闇で映えた。
告白されることには慣れていたが、それで気持ちが温まったのは初めてだ。

「いいよ」

自分ももっと、銀八のことが知りたかった。
それでもいつかは別れが来るんだろうな、と冷めた部分で引潮時を想像しながら。

肯定してから数歩進み、同じタイミングで足を止める。
不思議な引力が銀八との身体の距離を無くした。
その二の腕で全身を包まれた感じがした。

(あったかい…)

緊張感とか所謂どきどきといった感情は生まれなかったが、身体を離したくない、と、そんなふうに思える夜もあると知った。
自分も銀八の背中に腕を回した。
互いに引き寄せあって、心臓の位置がぴったりと重なる。
本当にある。静かに脈打っている音までも聞こえてくる。

好きだ、と言ってくれないか。

言われ慣れてしまった言葉を、高杉はこの男に求めたのだ。
その瞬間顎を上向かせられると、唇が唇に包み込まれる。

(………)

長いキスだった。この時のキスが、彼としたキスの中で一番長かったかもしれない。

「ん…」

息苦しささえも心地よくなる。
漸く唇を離した銀八は、キスの余韻に浸った目で高杉を見据える。

「このまま、帰る気じゃねえだろうな…」

共に朝を迎えることが、今この男が最も望むことだったに違いない。

「あと10分で電車なくなるんだけど…」
「ならあと10分、ここにいるか?」

それとも、帰る場所を変えるか。

銀八の抱擁をもう一度受けた時、高杉は帰る術を失った。
それが不幸な未来への近道になってしまうとは、知る由もなく。



















































銀八と晋助の出会い編。あの頃はよかった的なお話。
タイトルはKREVAさんの『心臓』というアルバムに衝撃を受けて。
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