「……」
報告書のナルトの欄で思わず書く手が止まる。
「……なんだろうね」
気がつけばここ最近はナルトの事ばかり気にかけている。
あの日足元で揺れていたスミレの花はカカシの机の上にあって、微かな甘い芳香を放っていた。
カカシはスルスルとスミレの葉を指先で弄んだ後で立ち上がると、書きかけの報告書をそのままに部屋を出て行った。
────雪月夢
「…いた」
下忍となり、カカシ班として任務をこなす日々は充実しているらしい。
遠目に見つけたナルトはカカシのよく知る元気印を貼り付けて、花でも散らしているのではないかと思う位の軽い足取りで商店街を歩いていた。
「ふふ」
カカシはその後ろ姿に口の端を上げ、ナルトの背中を追った。
ナルトとの距離は2人の身長差も相まって、普通に歩くだけでどんどんと縮まってゆく。
陽が西に傾き、日差しが金色に染まり始めると、ナルトの持つ色彩が鮮やかに輝きを放つ。
その輝きはかつて【黄色い閃光】との異名を持った己の師を否応なしに思い出させた。
(先生…)
カカシの視線の先でナルトとミナトの姿がダブる。
やがてその後ろ姿が振り返り…
「カカシ先生!」
『カカシ』
「…ぇ」
振り向きざまにナルトとミナトのふたりに声を掛けられた気がして、思わず変な声をあげてしまった。
「なーに変な声出してんだよっ。今日は後ろ取られねえかんな」
ハッとして目を凝らせばそこにいるのは勿論ナルトだけで…
(なーに感傷的になってんだろうね)
「…ふふっ」
カカシはマスクの下で自嘲的な笑みを浮かべるとナルトを見つめた。
「うわ…、なに笑ってんだよ、気味わりぃ」
「先生傷ついちゃうなぁ」
「嘘つけ」
「ハハ…」
やんや言いつつもナルトは嬉しそうな表情で、カカシが隣りで歩くのを許している。
「あっ!そうだカカシ先生!」
「なに?」
「ここで会ったが100年目だってばよ」
「…へ?」
その後、成り行きでナルトの修行に付き合い、ナルトが疲れてひっくり返った時には既に陽が沈んでいた。
「はぁーー、疲れた」
「お前もよくやるね」
上がりっぱなしの息のナルトと、呼吸ひとつ乱れていないカカシ。
カカシは相変わらずのエロ本を片手にナルトの相手をしていたのだが、ナルトはそれが許せなかったらしい。
何とか本だけでも閉じさせてやろうとムキになってカカシに襲いかかったのだが見事に玉砕。
カカシに泥すら付けることはできなかった。
「くっそー」
「まだまだだねぇ、ナルト君」
「見てろよ!いつか絶対に目にもの見せてやるかんな!」
「あぁ、期待してるよ」
「…っ!!?」
途端に驚いたような顔をしてカカシを見上げるナルトの目線にぶつかり、カカシは「ん?どした?」としゃがみこんでナルトを見下ろした。
しかしナルトは耳まで真っ赤にしてカカシから盛大に顔を背けた。
「オレ、バカにされたりするのは慣れてっけど、期待されるのって、その、あんまし慣れてなくて…」
気まずそうに口を真一文字に結んで頬を染めるナルトが余りにも意外で、
「クスっ」
思わず笑みがこぼれた。
「ゲッ!わ、笑うなってばよ」
「笑ってないよ」
ガバッと上半身を起こし、恥ずかしさからか再び耳まで真っ赤に染め上げたナルトの目には笑みを浮かべる己の顔が映っている。
「だって!ほら!やっぱ笑ってんじゃん…っ!?」
再びギャンギャンと吠え始めたナルトの頬をカカシの少し冷たい手が包み込んだ。
「笑ったんじゃない、嬉しかったんだよ」
「……っ」
ほら…
こんな表情(カオ)、初めて見たから…
ナルトは赤い顔のまま、カカシの笑顔の理由が分かるはずもなくただポカンとした表情を浮かべていた。
「よしっ、修行頑張ったから一楽でも行くか、ナルト」
「いゃっほぉ〜い!」
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