與花
□暖人恋節
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学パロ(同級生)
雪が降りそうなくらい空気も風も冷たくなってきた。面倒臭い授業も終わり、なるべく暖かくなるよう体を縮こませポケットに両手を突っ込み、歩き慣れた道を帰っていく。
「…が……く…」
何か聞こえた気がする。けどそれよりも今は、寒い。早く家に帰って布団に潜って寝てしまいたい。
そういえば首元が寒い。どんなに首を竦めても、冷たい風が首を撫でていくから、体は一向に暖まらない。今朝はそんなことなかった。
「がれ…く…!」
そう。それは気のせいではなかった。
「花礫くーん!」
あいつが、與儀が、俺のマフラーを片手に追い掛けてきていた。気づいて足を止めれば、俺の横まで追いついてしばらく息を整えている。随分走らせてしまったようだ。
「これ、忘れ物」
「悪い。つーかお前正反対だろ」
俺の家は校門を出て右そして與儀は左だから、こいつにとってこの道は反対方向だ。こんな物、わざわざ届けなくてもいいのに。
「花礫くん寒がりだからさ、ないと困るかなと思って」
「…バーカ」
俺の捻くれた性格では、素直にありがとうとも嬉しいとも伝えることができない。それなのに與儀は嬉しそうに笑っていた。
「ほら、巻いてあげるね」
俺が少し頭を下げるとふんわりとマフラーが首に巻かれ、ここに来るまでの間に冷えたのか、最初はヒンヤリとしたがだんだん首元は暖かくなってきた。
「サンキ…」
しばらく俺を暖めるそれを眺めてから、礼を言おうと顔を上げた瞬間、ふと冷たいものが俺の唇に触れた。
それが與儀の唇だと気づくまで、そう時間はかからなかった。
「やっぱり、花礫くん冷たい」
柔らかく微笑んで、與儀はそう言った。嘘をつくな、俺は体が暑くて仕方ない。血が巡って体が火照って、あーくそ…。
「何すんだよ…」
「んーと、出来心?」
ふざけんなと言って與儀を押し返す。あまり近くにいられると、俺の高鳴ってる心音が伝わるかもしれないから。それにもう二人とも用はないから、それぞれが帰るべき方へ帰るのみ。
「じゃあな」
俺が今まで向かっていた方に向き直れば、與儀もくるりと背中を向け「またね」と告げてきた。
一歩また一歩と俺達の距離は遠くなって、いつもはまた明日会えるだろうと気にもしなかったのに、今はそれが寂しくて寂しくて、さっきは暖かかったはずなのに、なんか、寒い。
もう少し、與儀と話していたかったかもしれない。つか…今すぐ。
「…花礫くん!」
暖かい、すごく。背中だけじゃなくて体のあちこちが、体中が。あと嗅ぎ慣れたいい匂いもする。
ああ…俺、與儀に抱きしめられてる。
「寒くない?…花礫くん……」
「な、に…?」
俺は狼狽えることはなかったが、誰が通るかわからない場所で何やってんだ、と冷静に怒鳴ることもできず、回された腕にそっと触れた。
「抱きしめて、って背中に書いてたよ」
「…は?」
そんなわけないだろ、そう思ってんのは與儀だけだ。俺が思ってたのは、お前に抱き着…って。
「なに言わせんだよ!!」
「うっ…」
とりあえず鳩尾に肘鉄一発。呻き声が聞こえたけど、物凄く加減したから大丈夫だろ。
「え?えっ!?俺何かいけないことした?!」
驚いた與儀は腕を離し、両手をばたつかせて慌てている。その様子を見ているのも面白いと思ったが、やっぱり何だか物寂しい。
だから振り向いて、そこにある胸元にギュッと腕を回した。
「えっ?!花礫くん!?ちょっ!?」
「お前…驚きすぎ」
「うっ、あっ、ごめん」
もう少しこのままでいたい。そう思うのは季節のせいなのか、ただの俺の気まぐれか、いや、きっとお前だからなんだろうな。
クラスの人間と関わろうとしなかった俺に、唯一いつまでも話しかけてきたのが與儀だった。いつからかいつも一緒の仲良しみたいになって、いつだって体の芯まで心の奥底まで、こいつはじんわりと暖めてくれていた。
「ほんとに寒がりだねー」
「…そうだよ…だからお前があっためろよ」
再び回された腕は、俺をしっかりと閉じ込めた。
「ずっといろ…俺と」
「うん」
お前がいなくなったりしたら、俺はきっと暖かいということを忘れて、凍え死ぬ。
「ねえ…花礫くん」
とか思ってみる今日の俺は、本当どうにかしてる。
「今日、泊まっていい?」
よし、鳩尾もっかい潰すか。
fin.