ForestDrop文庫

□オレンジ色の海〜彩加の家出〜(紅の流星第三部作)
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第1話『さよなら隆志』後編
 内野家では、芳江が慎一に電車の時間を伝えていた。
「彩加姉さんは三島を6時30分くらいの電車で来るって。」
「そうか…。なら6時50分くらいまでに長岡駅へ着けばいいところかな。」
「とにかくお願いね。」
「わかった。ちょっと理恵、悪いけど付いてきてくれ。」
「何でよ。お迎えくらい兄さんだけで行けるでしょ?」
「ちょっとなぁ…。」
「仕方ないし行ってあげるわ、いい暇つぶしだし。」
慎一と理恵は幼少の頃、元日やお盆とかに彩加が両親と家に来るのが楽しみだった。普段はなかなか会えない親戚のお姉さんが来るのは何よりも楽しみだったし、よく遊んでくれたものだった。小さい頃であれば慎一も気兼ねなく話せただろうが、やはり今だと話しづらくなってしまうのだろう。それに駅前が工事中で長い時間停車できる場所がない。
6時30分くらいになって、慎一は自分の車を車庫から出すと理恵を助手席に乗せて出発した。夜ともなると、道は比較的空いていた。駅へと向かう道中、助手席に座る理恵はゲームをしながら、車を運転している慎一に話しかけた。
「彩加姉さんが急に来るなんて珍しいね。」
「…いや、初めてだと思うよ。必ず、家に来る前日とかに電話かけてくるもの。」
「そうか…。やっぱり、何かあったのかな。」
そこまで理恵が言うと、車は信号で停止した。慎一は少し考えると言った。
「あくまで彩加姉さんの問題だから、うちらが口を挟めることではないよきっと。」
信号が青になると、再び車を発進させた。
その頃、彩加は電車の窓からすっかり暗くなった景色を眺めていた。電車内は会社帰りのサラリーマンとか学生でごった返していた。電車が韮山駅を出ると、彼女は切符を出すなど降りる支度に取り掛かった。伊豆長岡駅に着くと、同じように多くの乗客が下車し、バスに乗る人や駐輪場から自転車で帰る人などで、駅にとどまったのは少なかった。
「もう来てるかな。」
駅の外を見渡しても、それらしき車も人影もなかった。駅の建物の中に戻るとベンチに座って待っていると、彩加に気づいて誰かが駆け寄ってきた。
「こんばんは。彩加姉さん。」
「こんばんは。久しぶりね、理恵ちゃん。」
駆け寄ってきたのは、親戚の娘である理恵だった。
「理恵ちゃん、一人で迎えに来たの?」
「私はまだ車を運転できないから兄さんと来たけど、少し恥ずかしいみたいで車の中に。」
慎一は車の中で待っていたが、理恵が彩加姉さんと合流して手招きしているのを見て、車を移動させて2人の前に停めた。理恵が車のドアを開けて彩加の荷物を載せたあと、2人は車に乗り込んだ。慎一はドアがしっかり閉まったのを確認すると、車を発進させた。その道中、彩加と理恵はゲームとかの話に華を咲かせていたが、慎一は話題が分からないため車の運転に集中していた。何より安全運転を心がけていたからである。
一方の東京では、彩加の友人たちが探していた。隆志と莉奈は、彩加に疑念と怒りを抱かせてしまったことをただ謝りたくて、必死になって探していた。
「彩加は見つかった?」
「いや…電話は?がるんだけどあいつが出ないんだよ。こんな事は一度もなかったのに。」
「2人の携帯からかけても、拒否されるだけだよきっと。私も探したけどダメね。」
隆志と莉奈が、公園で遭遇した高島美鈴と双方の状況を教えあった。
「つながらないかもしれないけど、私から一度かけてみるね。」
美鈴は自分の携帯電話を取り出すと、彩加に再び電話をかけた。車の座席に置いてあるバッグの中で彩加の携帯電話からメロディーが流れた。
「彩加姉さん、電話なってるよ?」
「本当だ。誰からだろう…?。」
携帯電話がなっていることに理恵が気づいて教えると、彩加は電話に出た。電話の主は親友の美鈴だった。
「もしもし、美鈴?どうしたの?」
『彩加…どうしたのじゃないよ。何で急に連絡できなくなったのよ?』
「ごめんね。いままで電話に出れる状態じゃなかったのよ」
『私や隆志もみんな心配して、今まであなたのこと探してたのよ。』
「そうか。何も言わずに姿を消してしまってごめんね。美鈴は本当の親友だよ。」
『隆志や莉奈も心配しているのよ。そばにいるんだけど代わろうか?』
「代わらないで!!」
急に彩加が叫んだので美鈴は驚いた。無論、車を運転していた慎一と助手席にいた理恵も驚いていた。彩加姉さんがあんな叫び方をしたのを聞いたのは初めてだったからだ。そこから何かを察した慎一は、小さい声で理恵に言った。
「とりあえず、近くのコンビ二に止めるよ。とりあえずは収まるまで待つしかないよ。」
コンビ二に着くと、彩加が話しやすいように慎一はエンジンを止めて車から降りた。それを見計らって理恵も車を降りた。2人は、車の中で彩加が何を話しているのか気になったが、彼女のことを考えると、ただそっとしておくことしか出来なかった。
『どうして??2人とも心配して探してくれてたのに。』
「今は隆志と莉奈には会いたくないし声も聞きたくないの。今いる場所も教えられない。」
『私は彩加の気持ちは十分分かってるけど、いったいどうしたの?』
「いろいろあってさ。会社をクビになって、おまけに浮気されてさ…もうウンザリだよ。」
彩加の落胆した声に、美鈴は更に驚いた。そして、騒動の当事者である隆志と莉奈の方を見た。2人は何の表情を示さず、気まずそうに立っているだけだった。
「これからどうするの?」
「親戚の家でしばらくは居候させてもらうつもり。少し落ち着いたら、また電話する。」
「…わかった。とりあえず、隆志と莉奈には伝えておくから。」
「本当だったら私が話さないといけないのに…。本当に迷惑をかけてしまってごめんね。」
そう言うと、彩加は電話を切った。車内に慎一と理恵の姿がいないことに気づいて外に出ると、2人はコンビ二の明かりの下に立っていた。
「ごめんね。急に大きな声なんか出しちゃって。」
「そんなことどうでもいいよ。ちょっとコンビ二で買いたいものあるんだけど、パンかなんか買う?あれば一緒に買うけど。」
「いいよ。せっかく2人が迎えに来てくれたんだし、そのお礼に私が買ってあげる。」
いつもの彩加姉さんに戻って2人は安心した。3人は買ったジュースを飲みながらたわいもない話をしながら家へと帰った。彩加は内野家の人にこれからしばらくお世話になりますという旨を話した。内野家は、彼女を明るく迎えてくれた。彩加は『ここに来てよかった』と心から思い、それから団欒の中に加わっていろいろな話をしたりして楽しんだ。
東京では、美鈴が隆志と莉奈に彩加と電話で話した内容を伝えた。あまりにも突然の出来事だっただけに考えがまとまらない2人は戸惑いを隠すことは出来なかった。
「彩加は隆志と莉奈を拒絶している。私とは話してくれたけど、きっとあなたたちから電話をかけたら、何も言わないで電話を切ってしまうでしょうし、もし会いに行けたとしても、たぶん門前払いになってしまうでしょうね。」
「…それは、自分がまいた種だしわかるけどさ、どうしても今は無理なのか?」
「多分。彩加は会社から突然解雇されたうえに、あなたたちの浮気。二重のショックを抱えてるの。しばらくの間は目もあわせたくないと思うよ。」
その事実に隆志は愕然とした。自分のせいでこんなことになるとは思ってもいなかったのだ。そして、そのことに対する不満を美鈴にこぼした。
「なぜ、そんなに拒否してるんだよ。ちゃんと話せば分かることじゃないか…。」
隆志の安易な気持ちから出た言葉に、美鈴はついに怒鳴った。
「隆志の方が彩加の気持ちを全然分かってないじゃない!!」
隆志はついに黙り込んでしまった。美鈴は一息をつくと諭すように言った。
「隆志は仕事先から突然解雇を告げられてさ、おまけに相手が浮気してたらどう思う?」
「そりゃ…怒るよ多分。」
「それにさ、あのマンション借りて2人で住んでさ、家賃はずっと彩加が払ってたでしょ?」
「ああ…。名義が彩加だったし、別にいいかなと思って甘えてた。」
「自分の部屋で同居人が身内とかではない他の人と仲良く一緒にいれば誰だって怒るよ間違いなく。彩加は隆志のことが好きという理由だけで、前のアパートから出なければならなかった隆志を一緒に住まわせてくれてたのよ。あなたは、そんな彩加の純粋な優しい気持ちさえも裏切ったわけでしょ?普通に遊んでいただけなら、彩加はあんなに怒らないよ。」
「…俺は、ずっと勘違いしてた。ずっと、親切にしてくれてただけかと思ってたよ…。」
隆志が、ただ上辺だけの言葉を話しているのだと思った美鈴は、それを一喝した。
「言い訳はやめなさいよ。もし、隆志が本当に彩加の気持ちを分かっていたなら、なぜ彩加に内緒で莉奈を呼んで一緒にいたの?もし、本当に莉奈のほうが本当に好きだったなら彩加と別れて、別に住むところを探して出て行かなかったの?今の隆志の言葉を聞く限り、彩加をずっと騙して利用し続けてきたとしか聞こえないし、本当に謝りたいという気持ちも何も伝わってこないよ。今、彩加と会って謝っても現在の状況から何も変わらないし、きっと許してくれないと思う。私だって、今のあなたたちといるだけでも本当に不愉快よ。」
美鈴はぶつけきれない怒りを抑え、ただ立ちすくんでいる2人を尻目に歩き出した。取り残された2人は、傍から人ごみの中へと消えていく美鈴をただ黙って見送るしかなかった。それから何もする事なく人ごみの中を歩いて帰った。2人は途中で別れるまで何も話さなかった。隆志は自分以外に誰もいない部屋で俯いていた。あまりの情けなさに涙さえも出なかった。隆志は今まで彩加の気持ちを全然分かっていなかったことに気づき、悲しかった。
2人と別れた美鈴は、一度彩加に直接会って話をしたいと思い、翌日に彩加の実家へ電話をかけた。彼女の母親が出たため、事情を話すと彼女がいる場所を教えてもらった。
『彩加は、沼津の親戚のところにいるのよ。』
「もしかして、彩加さんから電話があったんですか?」
『昨日ね。東京駅から一度連絡が来て、向こうに着いたという連絡ももらったわ。』
「そうですか。本当に申し上げにくいんですが、その親戚の方をお教え願えませんか?」
『分かりましたよ。住所録を持ってくるから少し待って頂戴ね。』
それから、母親は親戚の家の住所と電話番号などを美鈴に伝えた。
『彩加から、絶対に隆志君と莉奈さんには絶対教えないように言われてるのよ。』
「そのことは昨日、彩加さんと携帯電話で話したので知ってます。」
『あなただから教えるけど、他の誰かには絶対に話さないでね。』
「わかりました。ありがとうございます。」
電話が切れると、美鈴は支度をして仕事先へと向かった。
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