ForestDrop文庫

□青空の奏鳴曲(紅の流星本編作品)
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2, Thought to increase.(募る思い)
 「早く早くー!」
先にバス停に着いて待っている友里奈が歩いてくる友樹と綾香に気付いて呼んでいる。
「友里ちゃんてさ、自分が遅れるのが怖いから10分くらい来るのが早いんだよ。」
「これでも早くつけるように考えていたのにな…。友里奈、いくらなんでも早いよ…。」
ため息混じりながらもバス停についてバスを待っていた。
「サーカス見れるのが楽しみで眠れなかったでしょう?」
綾香が友里奈に問いかけると、それまでテンションが高かった友里奈が急に俯いてしまった。どうやら図星だったようだった。
「大丈夫よ。サーカスは開催期間内だったらずっと逃げないから。」
「そうだけどさ…。楽しみが近いと時計が早くなっちゃうのよ。分かるでしょ?」
「そうだよな。苦と楽は正反対だけど事前行動だと一緒だよね。でも、苦しみは早く済ませたいと思うわけだけど、楽しみはずっと続いて欲しいと願う人の心ってな。」
「友樹君さ、何か複雑に言っていない?」
「…悪かったよ。でも、人の心ってそういう考え方だなって思ったらおかしくてさ…。」
そうこう言っているうちに駅へ向かうバスが来た。最寄のバス停から20分くらいかかって駅へ着き、そこから電車に乗って5駅先にサーカスの特設会場があるのだそうだ。だいたい1時間くらいかかる行程ではあるが、それを見越して友樹も早く時間を決めているつもりだった。だが、友里奈がそういう集合時間などの十分前には既に着くようにしているのは、友樹にとっては想定外であった。綾香も少し前に家の外へ出たが肝心の友樹が出てこなかったため少しの間待っていたというのだ。
「とりあえず、チケットは持ってきたね?無いと自腹で買ってもらうことになるけども。」
「…そういうことはさ、バス停で待っている時に言ってよ。ちゃんと持ってきたけどね。」
2人はそそくさとチケットを出した。無論、友樹は封筒の中へ入れて財布の中へと入れているため忘れることは無い。
「でも、サーカスなんて見るの初めてだから、本当に眠れなかったよ。」
「ニュースとかで見るけど、あの演技とかすごいよね。よく出来るなって思うもの。」
「そうだな。相当練習するんだろうけど、技が出来るようになるまで何年かかるやら…。」
「わたしたちが今から頑張ってもそこまではできないよね。」
「そりゃそうだろうけど、そういうのに情熱を傾ける心は同じだろうね。」
チケットの有無などの確認をしながらいろいろ話しているうちに駅へと着いてしまった。電車の中でもサーカスの話題で盛り上がり、そのうちにサーカスのテントが見えてきて、まもなく最寄の駅へと着いた。切符を改札口に通してテントの方へ行くと、そこには長蛇の列が出来ていた、まだ開場前らしく受付の担当者が開場時刻や当日券の案内をマイクを持って放送していた。
「別に気にしなくて大丈夫だよ。まだ20分近くあるから。」
そのうちに開場時刻となり、受付でチケットを見せてテントの中へと入場する。並んで3席空いているところを見つけると並んで座った。開演時刻になると、目の前の舞台で繰り広げられる様々な芸を楽しんだ。全ての演目が終わって閉演するとテントの中から出た。家から出てきたときにはあんなに晴れていたのが急に曇り始めているではないか。
「この天気、何かいやな気配がするな。」
「どうして? 今日の天気予報でも雨は降らないって言ってたじゃない。」
「いいや、天気予報とかでも外れる事は結構あるしさ。」
そうこういって駅の方へ歩いているうちに、ポツポツと雨が降り出した。かさなど持って来ていなかった3人は大慌てで走り出した。
「もう、なんなのよ。この天気は!」
「それにしても、本当に晴れと言っていたのに急に降るのは酷いがな。」
何とか書店の屋根の下へ駆け込むと雨宿りをした。そのうちに本を見ることにして店の中へ入ると、音楽関係の本とかを少しの間立ち読みしていた。そのうちに綾香が1冊の雑誌を持ってレジへ行って会計を済ませると、2人に声をかけた。
「ごめん。この後、用事があるから先に帰るね。」
「ああ…また明日な。」
「じゃあね。」
綾香は何を急いでいたのか走って書店を出て行った。それを友樹と友里奈は唖然としながら見送った。いつもであればほとんど見ない光景だった。
「何があったんだろうな。」
「何だろうね。私にもよくわからないよ。」
その後、2人はそれぞれ本を買うと向かいにあった喫茶店へよって軽く食事を済ませると駅へと向かった。その頃になると既に雨は止んでいた。駅へと向かって歩いている最中も、急に帰った綾香のことが気がかりだった。
「それにしても、綾ちゃん結構急いでいたけど何かあったのかな?」
「いくら俺でもわからないよ。きっと、何か人には言えない急な用事だったんだな。」
その後、友樹は友里奈の買い物に付き合ったりしながら帰路へと着いた。普段から綾香と一緒にいることの多い友樹ではあったが、今だけは不思議な気分だった。今一緒に歩いているのは綾香ではなくて友里奈なのだ。普段はあまり意識はしていないもう1人の幼なじみではあるが、綾香と同じようで似て非なる清楚なところは、綾香という彼女がいる彼でも気になるところではあった。実際、学校では多くの生徒に人気があるし、一部の男子生徒からは告白されたこともあったらしい。普段はさほど気にしていないものの、いざ2人になってみると一瞬違う人のようにも見えてしまう。いつも身近にいる存在なのに、周りの人物から聞く彼女は高嶺の花なのだ。ほんの少しの油断でのぞかせてしまう下心が友里奈に気付かれると『浮気しようとしてるでしょ?』とそばから釘を刺されそうで冷や汗をかいてしまう。尚且つ、どこかから綾香が合流してくるかも分からない。
「そういえばさ、バイオリンのコンクールってどういう感じなんだ?」
「ピアノと同じだよ。ただ、ステージ上に譜面台しかなくてバイオリンとかも自分が持ってステージに出るから…綺麗に演奏しきれるかよりは姿勢とかも気になっちゃうかな。」
「そうなんだ。俺もバイオリンを昔習ってたんだよ。こっちに引っ越してくる前にね。でもコンクールとかは出たことなかったし、いまいちよくわからなかったんだ。」
現在でこそピアノを習っている友樹だが、熱海から引っ越してくる前は短い年月ではあったがバイオリンを習っていたことがある。引越ししてきた後、気になっていたピアノと以前から習っていたバイオリンのどちらを習うかで迷ったことがあった。もし、時間とかの限りさえなければどちらも習ったのかもしれなかった。
「友樹君がバイオリンやってたなんて…なんか信じられない。」
「そんなに笑うこと無いじゃんかよ。今になっては弾けないけど、昔は出来たんだから。」
2人で笑い話をしながら帰路についている頃、駅付近などではパトカーが出て辺りは騒然となっていた。それが、悲劇の始まりだという事も知らずに…。
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