ForestDrop文庫

□幽霊列車が止まる駅
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3,幽霊列車
「…眠れないな」
 恵佑が目を覚ましたのは、まだまだ真夜中。
 時計を見ると、深夜1時をさしている。
「さてと… 夜風に当たってくるかな」
 両親を起こさないように家の外へ出ると、自然に春菜駅の方へと歩いていた。
 もちろん、電車が走っているわけないし、既に終電も終わったのでは、タクシーさえもいないだろう。
「…なんか、気になるしな。幽霊列車の噂が」
 そんな独り言をぶつぶつ言いながら、春菜駅まで歩いてきた。
 電車が走っている時間帯であれば、バスやタクシーが止まっており、乗客の数もそこそこいるため、結構賑わっている。
 そんな春菜駅であっても、やはり電車が無ければ、タクシーもバスも止まってはいないし、人の気配も無い。
「一人きりになれるし、いいかな」
 そんな暗い駅前でも、街頭の他に明るいところがある。
「こんな夜中でも、自販機は動いているんだよな」
 恵佑は自販機の前へ行き、お金を入れると適当にコーヒーのボタンを押した。
「そこのベンチにでも座って、飲むかな」
 いつもなら、バスを待つ人が座るベンチなのだが、肝心のバスは来ないし、座るなという人もいないだろう。
 ベンチに座ると、缶のふたを開けて、中身のコーヒーを一口飲んだ。
「…本当に、あの話は本当なのかな」
 ふと、駅のホームに視線を向けると、なにやら白い影が3つ、駅のホームに立っているのである。
「…あれ??」
 ホームにあがれないと言うことはない。駅舎には、一応の閉鎖措置として鎖が張られているが、飛び越えるのは容易だ。それに、自動改札機にいたっても、終電が発車した後には電源を切ってあるだろう。
 そのうちに、3つの白い影が人に見えてきた。
 1人は着物を着た老人。2人目は野球のユニフォームを着た青年らしく、その手にはバッグを持っている。
 3人目は20代後半らしい女性で、その手には小さな赤ん坊が抱かれている。
「何で、この時間帯にホームにいるんだろう…」
 そう考えているとき、なにやら甲高い汽笛の音が聞こえてきた。
「な、何だ??」
 その汽笛を追うように、「シュッシュッシュ…」という、聞き覚えがあまり無い音が聞こえてくる。
 そのうちに、駅を照らす明かりが見え、駅のホームに黒い車体と茶色い車体の何かが入ってきたのだ。
「じょ、蒸気機関車??」
 ちゃんと見ると、黒い車体のほうは蒸気機関車、茶色い車体のほうが客車だと気づいた。
「…こんな真夜中に、蒸気機関車が??」 
『明日鶴ー、明日鶴ー、明日鶴でございます。この列車は午前3時30分の発車になります。発車の20分前には戻ってきてください』
 客車のドアが開くと、数人の白い影が降りてきた。
 その後、一番後ろの車両から、紺色の制服らしい服を着た、1人の女性が出てきた。
 制帽をかぶり、肩から提げられているバッグからは鋏らしきものが顔をのぞかせ、首からは笛を提げている。
「車掌か…」
 訳が分からないまま、その列車の様子をずっと見ていた。
 そのうちに、駅の外に白い影が出てくると、商店街の方へと消えていった。
 見るからに、駅の外に出てきた白い影と、あの列車が入ってくる前から駅のホームにいた白い影は同じもののようで、何か気味が悪い。それに比べて、今見ている列車と車掌はどうだろう。
 さっきの白い影のような気味悪さは感じられないし、存在自体もはっきりしている。
 白い影以外に降りたものも、乗ったものもいないため、きっと、この列車も白い影と同等なものと思っていいだろう。
 そして、あの車掌も…。

 午前3時。
 あの列車から降りた車掌が叫んでいた発車時刻の30分前。
 どこからともなく、白い影が駅の中へと入っていった。
『乗車券を見せてください』
 その車掌が、列車に乗るのだろう白い影それぞれに、切符の提示を求めている。
『…さんですね。確かに』
 乗客らしい白い影が切符を出すと、車掌は鋏みを入れて、再び乗客へと返す。
 そして、それを受け取った乗客は列車の中へと入っていく。
 そのうちに、商店街のほうから1人の白い影が急いで駅のホームへと入っていった。
『間に合ってよかった…』
『間に合ってよかった じゃないですよ。乗車券が無かったら、お乗せ出来ませんよ?』
 車掌が切符を出すように求める前で、その影はあたふたした。
『あれ?』
 切符を落としたのか? その乗客はひどくあわてている。
『しょうがありませんね…。切符を再発行しましょうか??』
 車掌がガクンと肩を落とすのが見えたとき、駅舎の前で何か光るものがあることに気づき、恵佑はそこへと駆けた。
「これか…」
 それは、間違いなく切符だ。でも、何が書いてあるのかはさっぱり分からない。
「さてと…」
 乗客や車掌、列車までもが幽霊だという推測上、直接ホームに行って切符を渡すわけにはいかない。
「…ホームに投げ込むかな」
 恵佑はホームと割合近い箇所まで近づくと、手にしていた切符を投げた。

『こんなところに落としていたのか…』
『今度は、絶対に忘れないでくださいよ』
 恵佑が投げた切符を、その乗客は拾い上げると、急いで車掌に見せた。
 たぶん、再発行は受けていないだろう。乗客がみな乗ったことを確認したのを確認し、車掌も列車の中へ入っていった。
 そのうちに、車掌が笛を吹き、客車のドアが閉まった。
 機関車からけたたましい汽笛が聞こえると、列車は微妙な揺れの後、重い足取りで動き出した。
 列車がホームを離れたと同時に、また静寂な空間へと戻っていく。
「…幽霊列車の話は、本当だったんだろうな」
 既に空になっていたコーヒーの缶をゴミ箱に捨てると、恵佑は駅から離れ、家へと帰った。
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