ForestDrop文庫

□怪盗ブルーイーグル
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『新人女優の悩み』

「やっぱり、ダメね」
 舞台の主演女優・高幡亜季菜が、リハーサルの出来をそう言い放った。
「言いすぎだよ!」
「そうかしら。だいいち、主役を支えるはずの脇役が、そんなじゃダメよ」
 その言葉は、さっきのリハーサルで失敗しそうになった、春風美琴に対して言い放たれたものだった。そう言う亜季菜も、リハーサルで失敗しそうになったし、人のことは言えないはずだが…。
「こんな恥ずかしい状態で、明日の本番を迎えられるとでも思うの?? せめて、主演の顔に泥を塗らないようにね」
 そう言うと、彼女は楽屋に引き上げてしまった。
「まったく…。あんなのを主演にするというのも、気が引けるよ」
 舞台の上でリハーサルに臨んでいた、他の役者たちが口々に文句を言った。
「私が悪いんです…。ちゃんと、演技をしていなかったから…」
「美琴ちゃんのせいじゃないって。君は、ちゃんと演技をしてるよ」
 舞台上にへたり込む美琴を、他の役者たちが励ました。
「…これじゃ、俺たちが作ったセットだって無駄に終わりそうだぜ」
 同じ舞台上で、大道具などを作っていたスタッフたちも、口々に文句を言っていた。
「おい、そこの新人。こっちに来てくれ」
「はい」
 そのスタッフの中に、隆人はいた。彼は、この舞台の初日に使用されるサファイアの指輪が、盗まれた品物である事をシスターに聞き、それを盗む手段を準備するために、スタッフたちの中へと入っていたのである。
「まったく、何が絶世の演技だよ。ただ、他を蹴散らしてきただけの女優じゃねえか」
「あの態度はひどいですよね」
「この劇団の主催者の令嬢なんだよ。亜季菜って女優はさ」
「主催者の情けで主演やっているから、あんなに威張っているんだ。おかげで他の役者は勿論、脚本とかみんな困っているんだぜ。思ったとおりの台本と演技には出来ないし、書き直しの台詞とかもやたら多いし」
「ひどいですね」
 そういう文句を聞きながらも、他のスタッフと一緒に、舞台の小道具などを作っていた。

「さてと、仕掛けを仕込んでくるかな」
 他のスタッフが帰った後、再び舞台裏まで戻ってきていた。大道具を作っている間は偵察気味に、仕掛けをつける場所を探し、他のスタッフが帰ってから、仕掛けを作るつもりでいた。
「今なら誰もいないし…」
『…は、こんな事になってしまったのか…』
 その時、舞台から、なにやら声が聞こえてくるような気がした。
「おかしいな…」
 舞台の袖からそっとのぞいてみると、誰かが演技練習をしているのが見えた。
「一生懸命だな…」
 しばらく見ているうちに、それが誰なのかが分かってきた。
(…み、美琴さん?)
『ティフス王子、なぜ、この場所へと?』
 彼女は演技に集中しているらしく、袖からそっと見ている隆人の姿には全然気づかない。
『ここには、王子様が来てはならない場所では…』
 その時、美琴は舞台袖からのぞいている何者かに気づき、急に大声を上げた。
「そこにいるのは、誰っ!?」
「ごめんなさい。忘れ物を取りに戻ってきたら、君が練習しているのが見えたから、ついつい見入ってしまったんだよ」
「…役者じゃないでしょ?」
「ここで小道具を作ってたスタッフの1人だよ」
「ああ…」
 そっと彼女に近寄っていくと、まだ蓋を開けていないペットボトルをそっと差し出した。
「あれだけ練習しているなら、結構汗かいてるでしょ。まだ蓋も開けていないから、どうぞ」
「ありがとう。私は、春風美琴。この舞台では脇役だけど」
「僕は、沢渡隆人。小道具作りで臨時に来たアルバイトってところかな。それにしてもさ、さっきの演技、けっこう上手だったじゃない。あれくらい上手かったら、結構いいほうの役、もらえたんじゃない?」
「…なんか、ダメでね」
 ペットボトルの蓋を開けながら、美琴は小声でそういった。
「人の前にでると、緊張してしまってさ…。自分ではこうしようとか言うのが頭にはあるのに、全然違う事になっちゃう」
「そうなんだ…」
「やっぱり、私は向いてないのかな」
 ペットボトルの中身を一口飲むと、足元に置いてあった台本をそっと拾い上げた。
「そうかな?」
「えっ?」
「君ほど、この舞台に熱心な役者いないと思うよ。ただ、緊張してしまうだけなんでしょ?」
「そうだけどさ…」
「…畑を想像してご覧よ。かぼちゃとか、スイカでもいいから。そこにある野菜とかは、君を見ている??」
「見てないよ…」
「それと同じですよ。人目が気になるんだったら、客席を畑、観客たちを野菜だと思えばいいんじゃないかな」
「…何気に、すごい事言うのね」
 美琴に舞台の台本を見せてもらうと、少しだけ練習の手伝いをした。
「シェリル姫側の召使か…」
「そう。何かにつけて、姫から散々にこき使われてしまう役でね…」
「…実はさ、この舞台の原作のお話だと、その召使の1人は元々、別の国の王女だったらしいんだよ」
「別の国の??」
「シェリル姫側の国、スフィリアはさ、前に戦争を起こして、ルアーナという国を滅ぼしたんだよ。その国の王様と妃、王子様とかは殺されてしまったんだけど、唯一、王女様だけは見つかっていないんだ」
「本当なの?」
「本当だよ。多分、その王女様だけはスフィリアの城でこき使われていたという話を聞いたことがあるんだ。その召使こそ、唯一見つからなかった、アンナ王女じゃないのかな」
「…よく分からないな」
「どうでもいい話だから、聞き逃してくれていいよ。でも、観客の目を気にしないで、演技できればいい思うよ」
「そうね。明日、頑張ってみるから」

 翌日、その舞台『スフィリアの花束』のチケットを手に、劇場へとやってきた。
「綺麗な劇場だね」
「やっぱり、初日だけあって、観客は多いし、警察も結構いるな…」
「そりゃそうよ。何しろ、初日だしね」
 劇場の入り口などで、警察官たちが見張っている。なにより、初日公演のみに使われる宝石『サファイア』が盗まれないようにし、それを盗むと予告を出してきた怪盗を捕まえるためだろう。
「でも、まさか隆人君が、この舞台のチケットを持っているとはね」
「…昨日、いなかったのも、ここで舞台のセット作っていたからだし。見ておきたいかなと思ったりとかね」
 そのうちに、舞台の開演を告げるアナウンスがかかり、客席の明かりが消えた。
『長らく、お待たせいたしました。ただいまから、スフィリアの花束を講演いたします』
 舞台の幕が上がり、演劇が始まった。

『舞踏会に?』
『はい。お隣の国、フェルーナより、ティフス殿下がおいでになられます』
『愛しのティフス王子が、ここへ来られるのですか』
 主演であるシェリル姫役の女優と、他の召使らが演技しているとき、美琴が演じる召使が、何らかの品物を持って出てきた。
「いよいよ、出番か…」
「あの女優さんに、興味でもあるの?」
「…いや、なんでもないけど」
 美琴が演技している最中、彼女が何かに足を救われたかのように転んでしまった。
「えっ…」
「あれは多分、主演の女優が足を引っ掛けたな。本番の舞台でも、他の役者に恥をかかせる気かよ…」
「…興味、あるんでしょう」
「いや、全然…」
 その時、舞台の幕が一旦下りた。
(さてと、あの宝石を取るとするか)
 隣で見ている晴香に席を外すといい、隆人は客席から出た。

 舞台のスタッフの格好をして、舞台の所まで行くと、何者かの怒鳴る声と、謝る声が聞こえてきた。
『舞台を台無しにするつもり!?』
『すいません!!』
(…ったく、自分で足を引っ掛けておいて、よく言うよ)
 その場を立ち去り、仕掛けをセットしておいた舞台裏へと回った。
「絶対に、美琴さんを主役に上げさせてやる。サファイアより前にね」
 警察官の格好になり、サファイアの入った宝石箱を厳重に守っている警察官たちのところへといった。
「舞台も、あと少しだ」
「そうですね」
 その時、舞台の上で何から物音が聞こえるのと同時に、舞台の上、照明器具などの足場から白い布が見え隠れしているのが見えた。
「ブルーイーグルだ」
「早く、行くぞ」
 宝石の警備には3人の警官たちがついていたが、そのうち2人は、すぐさま駆け上がっていった。
 隆人も一旦、その場を離れて電源室のところへ行くと、そこの警備は手薄で2人の警官しかおらず、警官の服装のまま中へ入り、電源を落とした。
 直後に、2人の警官をスプレーで眠らせると、舞台の上まで行き、警備していた警官を再度スプレーで眠らせ、手にしていた別のサファイアの入った宝石箱とをすり替えた。
「さてと…」
 眠らせた警察官を舞台裏に隠し、舞台袖に来た王子役の俳優に、すり替えた箱を手渡し、その場所を離れた。
「このサファイアは、後で届けないとな…」

『夜空に輝く星空が、舞踏会もたけなわの城を包み込む。その城に、嘗ては1つの国の王女でありながら、その国をスフィリアによって滅ぼされ、かつての婚約者を遠めでしか見ることが出来ない、1人の少女がいた。その名は、アンナ』
 そのナレーションの声と共に、召使役の美琴にスポットライトが当たった。
「えっ?」
『家族であった王や妃、兄弟である王子たちをも奪われ、自らはスフィリアの姫の召使にされた哀れな王女。全ての幸せを奪われ、残されたのは婚約者であったティフス王子の幸せを祈り、嘗ての幸せに思いをはせる、その哀れな気持ちだけとなっていた。そんな哀れな少女のところに、神から幸せを託された、怪しき白い魔法使いが、降り立った』
 美琴の前に立った地点でブルーイーグルの姿を表し、スポットライトをあてた。
「あなたは…」
「心配はいりません。私は、あなたの願いをかなえに来たものです」
 大きな白い布で美琴を一旦覆い、魔法を唱えると同時に、布から手を離した。すると、美琴が着ている衣装が、それまでの召使の衣装から、白を基調としたドレスへと変わった。
「さあ、アンナ王女、婚約者であるティフス王子様のもとへ」
 王子役の俳優にスポットライトが当たると、ブルーイーグルはそっと手を差し伸べた。
「あなたはスフィリアの召使かもしれません。しかし、あなたの本当の姿は、アンナ王女なのです」
「…できません」
 緊張で動けなくなってしまった美琴に、ブルーイーグルはそっと話しかけた。
「…野菜を思い浮かべて」
「えっ??」
「観客たちの視線から逃げてはいけません。勇気を出して、受け止めるんです。誰も、あなたの心の中までは入ってきませんから」
 ブルーイーグルが姿を消すと、彼女は即興で芝居をした。
「魔法使いさんが、このドレスを贈ってくださっても、私は既にルアーナの王女ではない…。私は決して、ティフス王子とは、決して結ばれるわけにはいかないのです」
「…私が捜し求めていたのは、スフィリアのシェリル姫ではない。今、私の目の前にいるあなただ。アンナ王女」
 美琴が即興の芝居を始めたのに合わせ、王子役を含めた周りの役者たちも演技を始めた。元の姿に戻った隆人が客席まで戻ったときには、盛大な舞踏会の場面が展開されていた。
「これ、即興の芝居でしょう?」
「…台本とは全然違うのに、ここまで出来るのはすごい」
 その盛大な舞踏会の場面で、舞台はめでたく幕を下ろした。

「劇団主催者、唐津要平。詐欺罪で逮捕する」
 翌日、舞台で使用されたサファイアが盗まれた品物であることが判明し、主催者であった唐津要平が詐欺罪で逮捕された。その影響もあり、舞台は休演することになってしまった。
「怪盗ブルーイーグル、本当に舞台を壊してくれたわね…」
「…そのおかげで、舞台の主催者も変わったしな。ちゃんとした演劇が出来る」
「でも、あの即興の舞台がすごく評判よかったんですよ…。あれを、何とか出来ませんかね」
 主催者が変わり、何とか舞台を再開できるめどは立ったものの、舞台の台詞をどうするかで、出演者たちは頭を悩ませた。
「台詞とかだったら、いくらでも変更は出来る。でも、肝心の魔法使いの役を、どうすればいいかな…」
 高幡はそのままシェリル姫の役には据え置いたが、重大な役柄となる魔法使いをどうすればいいのか、脚本家と役者たちが話し合った。
「どうするか…」
「私が推薦しても、いいでしょうか?」
「美琴さん…」
「どうしても緊張が抜けなかった私を勇気付けてくれた、スタッフさんがいます。その人だったら、魔法使いさんの役、できると思います…」
 そして、美琴はその名前を言った。

「俺がですか??」
「お願いします」
 隆人の家に劇団の人が訪れると、隆人に舞台への出演を依頼したのだ。
「俺が、そんな大役、出来ますかね…」
「大丈夫ですよ。台詞もそんなにありませんし」
 断りきれなかった隆人は、舞台の台本を受け取り、出演を承諾したのであった。
 数日間、魔法使い役として舞台に出演した隆人ではあったが、その同じ舞台上で、観客としてみた初日の舞台とは全然違う、堂々とした演技を見せる美琴の姿を見た。
「あの舞台から、本当に吹っ切れたんだ…」
 そこには、悩みを抱えた女優の姿ではなく、その役柄を堂々と演じる、1人の女優の姿があった。
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