ForestDrop文庫

□時の鏡〜ゲームの世界からやってきた少女〜
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2,出会い
 光が発生していたのは、通りに面した公園だった。だが、そこには何事も無かったかのように静寂な時間が流れていた。日中は人気の多いこの公園も、夜となれば近道として横切る人もいない。
「何だったんだろう…」
 鷹斗は、公園へ背を向けて、歩き出そうとした。すると、背後からなにやら人の気配がする事に気づいた。振り向いても、そこには誰もいない。
「何だろう。この気配は…」
 幽霊など信じない方だが、もしそうであればそれで怖い。鷹斗は身震いしたが、夜中の暗い公園の中に気配を追って歩き出した。
「…なんか、この草むらの中から聞こえるぞ」
 公園に入ってどれくらい歩いただろうか。気配が明確に感じられるくらい、近づいてきたようだ。
「何が…あるっていうんだ?」
 茂みの中へと進んでいくと、今度は人の息遣いみたいなものが聞こえてきた。それも、とても苦しそうだ。
『た…すけ…て…』
 その息遣いを少し落ち着いて聞いてみると、それは虫の音のような小さい声で助けを求めているようだった。
「…!?」
 しばらく進んでいくと、木の陰の方で何者かが倒れているのが見えた。一見しても、ホームレスが寝ているとかそういうのではない。恐らく、どこからかこの場所に逃げて身を潜めようとしたのだろう。そのうちに力尽きて倒れてしまったと考えれば筋は通る。少し離れたところには、折れてしまった木の枝となにやら鉄の破片みたいなものが落ちていた。
「…すみません。大丈夫ですか?」
 恐る恐る声をかけながら、倒れている人の方へ近づいてゆく。
「…!? き、君は…」
 夕方、家までの帰り道で出会った少女だった。あの時とほとんど同じ服装のまま、全身にダメージを負って倒れている。
「助…けて…」
 意識が薄れながらも、近づいてきた誰かに助けを求めている。鷹斗は、少女へ近寄ると、すかさず声をかけた。
「大丈夫ですか??」
「…あまり…、大丈夫…じゃない…みたい…です…」
 すでに息も絶え絶えだった。今、ここで何かをしなければならないという直感が働いた。
「もう少し、辛抱してください。家に運んで、手当てとかしますから…」
 少女を抱き上げると、半ば駆け足気味に自宅へと急いだ。明かりが付けっぱなしの家へと入ると、少女を一旦ソファーへと横にした。すぐに救急箱を出してきて、傷口を消毒してガーゼをあてるなどの措置を施した。
「…もしかしたら、あの方法が通用するかもしれない」
 幼少の頃、見ず知らずのお年寄から何だかでペンダントを貰ったことがある。
 確か、電車の中で座席を譲ったか、お年寄が駅のホームに忘れたものを急いで電車内へ走って届けたか何かした時だと思う。
「有難うな。悪いんだが、君の好きそうなお菓子とかを持っていないんじゃよ。では、これでもあげようかの」
 そのお年寄が、首にかけていたペンダントの一つを外して、鷹斗にくれたのだった。
「もし、近くで困っている人がいたら、このペンダントをその人にかざしなさい。きっと、君とその人を助けてくれるだろう」
 そのペンダントには、鳥をかたどったような飾りが付けられ、真ん中辺りに青く光る石がはめてあった。そのときには一人で電車に乗っていたし、母親にも言う必要もないと考えて、適当な箱に納めると、部屋の引き出しへとしまっていた。
「どうか、この人が助かりますように…」
 部屋の引き出しから、そのペンダントを取り出すと、急いで戻った。そして、彼女にペンダントをかざして、念を入れた。
「…ここは何処?」
 その少女が目覚めたことに気がつき、鷹斗は安堵した。
「気づきましたか。よかった…」
「…もしかして、ここまで連れてきたのはあなた??」
「はい。公園の奥の方で倒れているあなたを見つけて、急いで家まで」
 少女が体を起こそうとしているのを見て、少し手を貸した。まだ彼女はダメージをひきづっているようだった。
「…悪いんだけど、水をいっぱいもらえないかな??」
「はい」
 台所へ行って適当なコップに水を汲むと、彼女へと手渡した。彼女は水を一口飲んだところで、すっと息を吐いた。
「ふぅ… いきかえったわ。それにしても、心配をかけてごめんなさいね」
「別に、気にしないでください。先に名前を名乗りますけど、僕は倉橋鷹斗といいます」
「そうか…。私としたことが失礼したわね。私は『セントル・ランディア』。」
 その名前を聞いたときに、思わず硬直してしまった。
「まさか、ゲームキャラのセントル・ランディア?」
「そう。でも、信じられないでしょ? ゲームキャラクターが目の前にいるなんて」
「ええ…。それと、もう一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「…夕方、私が戦っていた敵のこと??」
「はい」
「話し出すと、結構長くなるけど…」
「それでも、いいんです。それで…」
「何…?」
「普段は、どういうものを召し上がっているの?」
「…普通に、この世界のものだけど。昨日とか、普通に店屋で調達していたかな」
 それを聞いて、少し安心した。
「僕、夕飯まだなんです。せっかくですから、一緒に食べません?」
「そ、そんな…。そこまでしてもらっても悪いよ…」
「今は1人暮らしなんです。1人分も2人分作るのは、たいした手間ではありませんから」
 そういうと、立ち上がって台所へと向かった。パスタをゆでようと準備していた鍋は完全に冷めてしまっている。
「また、最初からだな」
 コンロに火をかけると、独り言を言いながらポットの中の湯を見たが、中には水がほとんど入ってはいなかった。
「また、これだ…」
 どれくらいかの水を中に入れてから沸かすスイッチを押した。

「今日は、上手くいった」
 丁度いいほどに茹で上がったパスタに感心した。
「コンビ二のと同じくらいに出来るなんて、鷹斗君は料理が上手ね」
 いつもは寂しく一人で食事をするが、今日は少し心が踊っていた。
 初めて、自分の料理を人に食べてもらい、喜んでもらえた。それも、憧れの『セントル・ランディア』に。
 食事が終わった後、慣れない紅茶を注いだ。
「えーっと、何処から話せばいいのかな…」
「先に…食べ物とかを買うお金とかは、どこから供給されているの?」
「私が出ているゲームの製作会社から出ているの。そんなに使えるわけじゃないけどね」
 そうこう話しているうちに、彼女は人間ではなく、アンドロイドである事などを知った。
「えーっと…。鷹斗君と初めて出会った場所で、私と何が戦っていたか分かる?」
「分からないですね。でも、異星人か何かではないかとは思いましたけど」
「そうね。この星の宇宙の彼方に位置する、別の星に住んでいる人。何の目的があって、この星まで来たのかまでは分からないけど…」
「でも、ランディアさんは元々、戦うためにアンドロイドになって出てきたんじゃないでしょ??」
「まぁ…。本当はゲームの宣伝とか、いろいろ役目があったみたいだけどね。なぜか戦うことを任務とされたのよ。それに、私がアンドロイド化される時に、敵キャラのどれくらいかが出てきてしまったらしくて、それらを倒さなければならなくなってしまったの」
「そうでしたか。実は、夕方に見た黒い影、少し見覚えがあったので…」
「…多分、鷹斗君が見たのは、ゲームに出てきた雑魚系のキャラじゃないかな。偵察とかに使われる部下辺りの」
「偵察…。でも、その異星人や敵キャラとかは、何をたくらんでいるんでしょうね??」
「分からない…。でも、一つだけいえることといえば、あいつらは何かを集めているのよ。何かしらで…」
 そこまで話すと、彼女は首につけていたペンダントを外した。なにやら動物を模った飾りに、赤くて輝く石が光る。
「多分、鷹斗君が持っているそのペンダントは、力の結晶なのよ。青だから、水か風のかな…」
「力の結晶…」
「初見のあなたに、こんなことを頼むのも、難だけど…」 
「…何ですか??」
「今まで、私一人でずっと戦ってきたけど、今のままではキリがないの。もし、仲間が一人だけでもいてくれれば、力強いんだけどね」
「…もしかして、僕が何か?」
「一緒に、戦って欲しいの。急に無理を言っているのは承知なんだけど…」
「…いいですよ。少しでも、ランディアさんの力になれれば」
 即決だった。憧れのヒロインが自分の力を求めているのであれば、その申し出を断れないし、断る気もなかった。
「ありがとう。それに、今まで孤高の戦いをしていたからずっと寂しくて…」
「やっぱり、ランディアさんでも寂しい時はあるんですか。後、もう一つお聞きしていいでしょうか。今日の宿とか決まっているのですか?」
「…決まってないわ。ほとんどネットカフェとかを宿にしているかな」
「もしよかったら、泊まっていきませんか?」
「…そこまで世話になれないわ。鷹斗君のご家族にも迷惑がかかるでしょ?」
「さっきも言いませんでしたっけ。今は一人暮らしなんです。それに、ネットカフェで一夜を明かしても休めないでしょ?」
「…まぁね。それに、着替えとかだったら… 術とか使って何とかなるから」
「ちょっと待っててくださいよ。確か…」
 鷹斗が自分の部屋へ入り、普段は着ないジャージ類や衣服などを引っ張り出した。
「…たまには湯に浸かって、術とかで拭えない疲れとかを癒したらどうでしょう? 服とかは、一応代わりを持ってきたし、今着ている服は洗濯しておきますから」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
 ランディアが風呂に入っている間に、普段は使用していない客室を掃除した。自分が泊めるといったのに、まさかリビングのソファをベッド代わりにしてもらうというのも気が引けた。
「これだけ綺麗にしておけば大丈夫かな」
 掃除機をかけ終わった時に電話が鳴った。
「もしもし、鷹斗?」
 かけてきたのは母だった。
「そっちの様子はどう? 姉弟2人で、上手くいってる??」
(えっ…姉弟? 俺は妹と2人兄妹のはずなのに…)
「ん? 誰から??」
 丁度、ランディアが頭をタオルで拭きながら、風呂から出てきた。
「そこに、愛がいるの? 変わってくれる??」
(えっ… 愛? 誰のこと??)
 その時、ランディアが小声で「大丈夫。愛というのは私のことだから」と言ったので、訳が分からないまま受話器を渡した。自分の母と何を話しているのかは分からないが、身の回りに見えない変化が起こったのだろうと感じた。電話が切れた時、一番の疑問に思ったことを聞いてみた。
「…何か、しました?」
「とりあえず、記憶を少しね。一緒に戦うことを前提にすると、当然だけど一緒に行動する方が有利じゃない。それに、このセントル・ランディアという名前は、少し使いにくいところなのよ…。だから、この家の双子の姉として『倉橋 愛』という女の子に収まる事にしたのよ。本当に勝手にやって申し訳ないけど、これから宜しくね」
 以前から『姉が欲しい』という、叶わない願望を言うようになっていた。何とそれが、あまりにも唐突に叶ってしまった。鷹斗は心境複雑であったが、今は天国とも似つかないけど、少し幸せなこの時間を楽しもうと思うようにした。
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