光ヶ丘鉄道の一日(小説版)

□光ヶ丘鉄道の一日(後編)
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2,光ヶ丘鉄道C56復活への道(後編)
『長く我々が綺麗にしてきたものを、厄介者扱いとはどういう事だ!?』
 その機関車…C56-97号機の保存会会長と共に説明会へ行ってみると、会場のドアを開けた途端に聞こえてきたのは、同じく保存会の会員であろう男の怒声だった。
「ああ、これは大揉め状態だな…」
「確か…この地区の人が要望していた、集会施設の建設予定地に町役場が挙げたのが、あの機関車の展示場所と駐車場の一部…という話でしたが」
「そうなんだ。我々が手入れして綺麗にしているのにもかかわらず、役場は撤去するの一点張り…。それで車両保存に定評のある、あおぞら銀河鉄道さんにも協力してほしいんだ」
「…具体的に、何を言えばいいのです??」
「反対意見とか。一番の理想は、現状維持…今の場所へ残す事。撤去を免れない場合には、解体処分されないようにしてくれれば、どの手を打ってもいい」
「分かりました…。出来るだけ、保存会さんの意向に沿う方向で交渉してみます」
 美住Pは保存会代表と共に会場の中へと入った。

「…以降の件は、町役場の担当部署と、あおぞら銀河鉄道さんで取りまとめます。決まり次第、保存会の方々を初め、皆様にお伝えします。以上で宜しいですか」
 説明開始から1時間半余り、進行役を務めていた町役場職員が意向をまとめ、説明会の解散を宣言した。会場を出た保存会の方々の半数は、納得いかないという表情をしていたが、一部の方々は、機関車の解体を免れた事に安堵した表情をしていた。
「何とか、対案が出てよかったです」
「今回の事は、私から保存会には説明をしておきます。今後とも、宜しくお願い致します」
 美住PとC56-97保存会代表は握手を交わした。

 説明会から3週間後、C56-97号機の今後の計画がまとまった。現在の展示場所から、暫定的な保管場所である、あおぞら銀河鉄道総合車両センターへ移送。そこで修繕工事を行い、新たな展示場所が出来るまで保管。この地区の最寄り駅である、あおぞら銀河鉄道潟守駅で場所を確保・整備し、新たな展示場所とすることで話はまとまった。
「潟守駅前に移設ですか」
「整備の関係上で、一旦車両基地へ収容します。ついでと言っては難ですが、修繕工事を行いますね。その後は、保存展示場所の整備が終わるまでは、車両基地内で一時的に保管します」
 美住Pはすぐさま、C56-97保存会代表に電話をかけて、町役場との協議内容を伝えた。
「なるほど…。分解中でなければ出来ない箇所を、徹底的に診てくれるんですね」
「そうですね。潟守駅前に展示する時には、より綺麗になった状態でお披露目できると思います」
「分かりました。ご報告有難うございます」
 電話が切れると、美住Pは安堵した表情を浮かべた。
(これでひと段落ね…)
 C56同士で交換する形だが、ひとまず台枠を確保する算段は整った。今のところ、光ヶ丘鉄道のC56の修繕に関しては、一番の問題は台枠であったため、それと調整を行えば、自走出来るようにはなるだろう。

 1か月後、C56-97号機は分解された状態で、あおぞら銀河鉄道総合車両センターまで運び込まれた。それまで展示されていた場所からの搬出時、C56-97保存会の人たちや、この機関車を見てきた地域の人たちが、分解されて運び出されるのを名残惜しそうに見ていたと、立ち会いに行った美住Pは回想する。
(動かないながら、長く愛されてきた機関車だったんだ…)
 そんな事を考えながら、台枠を載せたトレーラーが工場建屋の中に入っていくのを眺めていた。あとの部品…ボイラーやテンダーなどは、しばらくはそのままトレーラーの荷台に積まれたままになる。まずは光ヶ丘鉄道のC56の修理を完了させなければ、、C56-97号機の修繕には入れない。
(その機関車の台枠を、長らく酷使されて…これからの扱いも期待出来ない機関車に使う…。ものすごく、複雑な気持ちだわ)
 廃車されてからずっと、今までいた保存場所で、保存会の人々の手によって維持管理されていたC56-97号機は、見た目では状態が良かった。美住Pはこの機関車に込められた思いの強さを、初めて見た時からひしひしと感じていた。
(私たちが状態を悪化させてはいけない…。出来るだけ状態をよくして、新たな保存場所に送りましょう)
 美住Pはそう考えつつ、台枠の交換作業を行っている工場建屋の中へと入った。

 その数日後、組立が完了した光ヶ丘鉄道C56が、工場内の試運転線にあった。
 台枠を交換し、確認されていた部分の修理を終えた後、美住P及び作業員らの立ち合いの元、火入れが行われた。ひとまず走れるだけの準備が整ったので、これから走行試験を行うのだ。
 運転室に乗り込んでいる機関士たちは計器類を確認し、釜の具合を確認していた。
「これから走行試験だな」
「この鉄道の車籍はないから、本格的な試験は出来ないと」
「そういうこと」
 試運転線の周りでは、修理に携わった作業員らが応援しているのが聞こえた。それに応えるように、光ヶ丘鉄道C56は汽笛を鳴らした。
「出発よし!!」
 線路が開いたのを確認すると、運転室の2人はそれぞれ視差点呼を行い、それぞれの役目へと向き直った。
「出発、進行!!」
 線路の周りでは、多くの整備員や職員らが様子を見守っている。
『ポー!!!!』
 勢いよく汽笛を鳴らし、光ヶ丘鉄道C56はゆっくり動き出した。
(久しぶりだな、こうやって自力で走るのは…)
 総合車両センター構内の短い距離だからと徐行運転だが、C56はそれでも久々に走る線路を踏みしめ、自身の力で走っていることを実感する。
 やがて停止位置に止まり、機関士たちがそれぞれ各部の点検を行う。全てに異常がないと判断されると、運転室で逆転機を操作されて、機関車は後進し、検査庫の前まで戻った。 
「どうだった? 久しぶりに走った感想は」
 美住Pが機関車に問いかける。
「ほんの少しの距離を走っただけだしなぁ…。それでも、前より足取りは軽くなった気はするかな」
「それなら問題なさそうね」
 光ヶ丘鉄道C56の修理はこれで終わった。後は何度か試運転の後、再び釜の火を落として保管となる。光ヶ丘鉄道で受け入れが可能になり次第、甲種輸送列車を設定して送り出す算段だ。
(あの時は、本当にどうなるかと思ったわ…)
 最初は計器類の故障として運び込まれた、光ヶ丘鉄道のC56。実際には他の箇所にも故障が見つかり、極めつけが台枠にあった、目に見える歪みだった。それは他の静態保存車…C56-97号機と台枠を交換する形にはなったが、修理は完了し、再び快調に走れるようになった。
(これを光ヶ丘鉄道の人たちが見たら、驚くでしょうね)
 工場建屋では早速、C56-97号機の搬入が始まっている。光ヶ丘鉄道C56から取り外された台枠は、応急的に修繕が施されている。いくら静態保存車だからと言って、状態の悪い台枠をそのままC56-97号機に取り付けるのは、今までC56-97号機を維持管理してきた保存会の方々らに対しても申し訳が立たない。だから、出来る限りの誠意で、台枠を少しでもまともな状態にしておくことにしたのだった。
(このC56-97号機のおかげで、光ヶ丘鉄道C56は復活出来た。だから、出来る限り綺麗にしないとね)
 工場建屋内でC56-97号機の組み立てが行われており、その後で必要な補修作業が行われる。新たな展示場所で、C56-97保存会の人たち、そして沿線住民の人たちがこの機関車を見た時、どう思われるだろうか…。
「感謝の気持ちを込めて、出来る限りの事をしないとね…」
 美住Pは工場建屋の中に入り、現場監督から現在の状態を聞いていた。既に台枠部分と車輪の組み合わせは完了しており、仮組の台にボイラーが載せられていた。これから念入りに点検を行い、修理箇所が無ければ、台枠へ載せられる。
(いくら静態保存車だからと、計器類も疎かには出来ないわね。きれいに磨きますか)
 美住Pが計器類を磨き始めた時、工場内の電話が鳴った。
『美住車両管理室長、指令センターからです』
「えっ!?」
 美住Pが電話に出ると、その向こうから切羽詰まった声が聞こえてきた。
『緊急信号を受報。光ヶ丘鉄道681系より発報されています』
「えっ、どういうこと…」
『まだ現状が掴めていません。まだ信号を発砲した681系自体が、自社線内に入っていません』
「…多分、その681系は何者かから逃げている可能性は高い。引き続き、発報車両の動向に注意してください。今から私も向かいます」
 美住Pは電話を切ると、慌てて総合指令センターへ向かった。彼女ら…いや、あおぞら銀河鉄道自体が、何も知らずのうちに、緊急事態の様相を呈していたのです。
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