光ヶ丘鉄道の一日(小説版)

□光ヶ丘鉄道の一日(後編)
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3,緊急発報
「ひばりヶ丘鉄道より一報ありました!」
 美住Pが総合指令センターへ駆け込んだのと同時に、指令員の1人が声を上げた。
「なんて報告??」
「光ヶ丘鉄道681系が高速通過後、後を追って不審車両が2編成通過したと」
「不審車両??」
「車両を目撃した駅員が、指令所に連絡した時、営業列車以外で反応したのは1編成…光ヶ丘鉄道681系のみだったらしいんです。後を追っている2編成については、反応なし…対応の車上装置のついていない、不法侵入車両の可能性があります」
「…不法侵入か。きららPを執拗に追いかけている事が分かるわ。後は行方をくらましやすくするためでもありそうね」
「ひばりヶ丘鉄道さんでも、一時運転を見合わせて、ダイヤは大幅に乱れたそうです。3車両とも、ほぼ最高速度で走行でしょうから、列車を待避させた方が安全だったという事でしょうが…」
「他の鉄道にまで迷惑かけているのか…」
 他の指令員とモニターを見て話し合っていた時、ブザーがけたたましくなった。
『不審車両、あおぞら銀河鉄道線内に侵入!!』
「何っ!?」
「…ひばりヶ丘鉄道から一報が来た時、すぐに水森線で走行中の列車は、近くの駅などへ避難させ、本線上は空けました。現在は運転見合わせの状態です」
「…分かった。こうなったら、何がなんでも不審車両を停止させる」
「何するつもりですか…」
「責任は全て私が取るから。あなたたちは、私の命令に従っただけと、上に言ってちょうだい」 
 美住Pはそう言い残して、総合指令センターを後にした。

「あと5分か…」
 美住Pの姿は神宮寺駅近く、電車の運行が止まっている水森線の線路上にあった。総合指令センターからの連絡では、681系と不審車両が東條花泉駅を通過したという連絡が、少し前にあった。東條花泉駅から神宮寺駅までの距離と、総合指令センターが算出した通過速度とで計算すると、あと5分程度で神宮寺駅に到達するという予想になっている。
『EF200-19号機、EF200-14号機、ただいま到着しました』
「お疲れ様。君たちには上下線に別れてもらって…」
『何か、出力制限の解除をされているんですが…』
「あなたたちには、これから架線電圧を落としてもらって、不審車両を止めてもらう」
『いいんですか!? そんな事をして…』
「変電施設には、すぐに修理可能なように、電気系の係についてもらっている。これは私たちにとって死活問題…急を有することなのよ」
『分かりました』
 EF200-14号機と19号機が上下線に並ぶのと同時に、美住Pに電話連絡があった。
『光ヶ丘鉄道681系、絢瀬車両センター引き込み線に待避しました!!』
 美住Pはすぐさま、大声で叫ぶと同時に、手にした旗を大きく振った。
「フルノッチ、全力前身!!」
 すぐさま2機のEF200は、ほぼ同時に動き出した。
(不審車両を止める手段は、これ以外にない。頼むわよ…)
 それから2分くらい経過した時、美住Pに指令センターから連絡が届いた。
『西木野駅より報告あり。不審車両と思わしき車両、駅から200mの位置で停止!』
「それは、2車両とも?」
『ほぼ同じくらいです』
「了解。すぐさまディーゼル機関車を西木野駅に向かわせて、不審車両を絢瀬車両センターに収容して」
『ディーゼル機関車手配、了解。変電所からも報告が…』
「損傷具合は…??」
『予備の装置とかに組み直すのに、4時間程度かかると報告がありました』
「後は…代走車両の手配もね…」
 その日の水森線は最終列車まで、あおぞら銀河鉄道に配備されているディーゼル車両や蒸気機関車を特別ダイヤで運行し、旅客輸送を行った。

「とりあえず、この不審車両を調べますか」
 その日の夜、絢瀬車両センターの工場建屋はシャッターが下ろされていたが、建物には明かりがついており、人の声が騒がしく聞こえていた。
 建屋の中では、昼間の騒動の原因となった不審車両の検証が行われていた。そこには警察関係者もおり、あおぞら銀河鉄道と合同での検証のようだ。
「車両自体は無人状態…自動装置で動かしていたんでしょうね」
 運転室には謎の装置が鎮座していた。それらはコードによって運転機器に接続されており、無人状態でも装置のプログラムによって動かす仕組みなのだろう。運転室にはカメラやセンサーが何機も設置され、装置の稼働状況などを記録。或いはコンピューターで送信し、どこかに送っていたのだろうか。
「ただ追い回すため…」
「そんな甘いものではないらしい…。ものすごく物騒なものが積まれているぞ」
 他の車両を検証していた警察関係者は、同じようにコードによって装置に接続された、多くの爆発物や自動小銃を見つけた。
「…どっかの映画で見たものより物騒だぞ」
「こんな車両が普通に、この鉄道線を走ってたのかよ…。本当に恐ろしい」
「あおぞら銀河鉄道だけじゃない…。下手すれば、ひばりヶ丘鉄道で被害が出ていた可能性だって…。言わば、これは走る殺戮兵器だぞ…」
「ただ鉄道線内を暴走させただけ…。実際に小銃が動いたりとかしないでよかった…」
「しかし、一体何者が、こんな兵器を…」
 車両を調べていくにつれ、この車両の所有者を示すものなども徐々に出始めていた。それと前後して、警察により、美住Pらの聴取が行われていた
「車両自体は、あおぞら銀河鉄道さんで発生した廃車車両。それは間違いないんですね」
「そうです。その車両を処分するため、無架線の引き込み線に留置したのは1ヵ月前。その1週間後、引き込み線から車両が無くなっていることに気づいたんです」
 美住Pは記憶の限り、その車両が無くなった時の事を話す。
「いつまで、そこに車両が留置してあったか、覚えていますか」
「盗まれる前日の夕方までは…」
「つまり、留置して6日後の夕方から、翌朝までの間に盗まれたと」
「多分…。盗まれた事に気づいた直後、近くの監視カメラの映像などを確認したんですが、それを持ち去った車両等は、映ってはいなかったんです」
「指令センターでも、それらしき反応は見られなかったと…」
「そうです。我々も、出来る限りの追跡行動はとったんですが、手掛かり1つ無いままでした。終電から翌朝の始発電車まで…線路上に列車はいない時間帯です。盗まれたのはその時間帯なのでしょうけども」
「なるほど…」
 警察は見分で得た情報と、美住Pから聴取した内容を元に推測を練り上げる。 
「その車両が何者かに盗まれたのは3週間ほど前…。そして自動操縦装置やら爆弾を積まれて、兵器にされていたという事か…」
 そのうちに、車両センターの事務室で聴取を受けていたであろう、きららPが他の警察官に付き添われて工場建屋に入ってきた。
「水ノ川さん、大丈夫だった??」
「美住Pさん…」
「ここにいる以上は、私たちが守るから。とにかく落ち着きなさい」
 きららPはその言葉を聞き、やっと追っ手から逃げ、安全な場所までたどり着いたことを悟った。
「それで、水ノ川さん」
「はい…」
「この車両について、知っている範囲で聞かせてほしいんですが」
 きららPととともに、警察の実況見分が始まった。
「この車両を眼前で見るのは、初めてです…。ですが、噂は耳にしていました…」
「…噂??」
「光ヶ丘鉄道の経営陣は、現場の人間で、特に快く思わない人…つまり、私を始末するために、車両兵器を準備していると…」
「水ノ川さんを始末するために…??」
「通称"ゴースト" 知られざるべき車両であれ…と、そんな言われ方をしていたようです…」
 きららPの声は震えていた。現在は機能を停止しているとはいえ、この場所まで執拗に追ってきた車両を眼前で見たのである。
「…光ヶ丘鉄道の噂は、我々も耳にはしていました。それに、幾多もの問題がある事を」
 きららPは警察官らの声を聞いているのかいないのか、そのまま話を続ける。
「その小さな鉄道を発展させる力になりたい…。私はそう言って、あおぞら銀河鉄道を退社し、光ヶ丘鉄道へ入りました。その鉄道に生命を狙われていた…本当に、夢であってほしかったです」
「水ノ川さん…」
「きららPさん…」
 見分に立ち会った警察関係者、そしてあおぞら銀河鉄道関係者は、彼女の悲痛な気持ちに黙り込んでしまった。
「…今はもう、光ヶ丘鉄道という悪夢の事は、忘れてしまいなさい」
「美住Pさん…」
「貴女が戻っても、ただ生命を狙われるだけよ」
 きららPらは当面、あおぞら銀河鉄道で保護する事にしていた。
「そうそう。その光ヶ丘鉄道のC56、今日修理が完了したのよ。明日にでも、一応見てくれる??」
「やってくれたんですね、修理…」
「台枠を他の機関車と交換したり、結構難儀だったけどね。とりあえず、普通に使う程度には、問題なく走るはずよ」
「白雪Pさんらに代わって、お礼申し上げます」
 きららPは深く頭を下げた。向こう…光ヶ丘鉄道では部品も何もなく、C56を被牽引回送で動けるだけの応急処置を施したに過ぎなかった。それを自力走行可能なまでに修復してくれている事に対して、まず礼を言う他なかった。
「…まぁ、光ヶ丘鉄道に引き渡すのかどうか、だけどね」
「どういう事ですか??」
「警察の方から聞いた話だと、国土交通省から、光ヶ丘鉄道に全面運行停止命令が出る見込みなのよ。運行再開までのハードルも、ものすごく高いものになる」
 美住Pは事細かに、きららPに話す。
「正確には、既に命令書は発行されているんです。それを通告する前に、今回の事件が起こりましたので」
 警察の1人が、1枚の書類をきららPに見せた。
「鉄道をよくしていくことに関して、私からいくつかのアイディアとか出したんですが、聞き入れても貰えず、挙句にこの事態です…。安全対策も何もしない会社に、この書類が発行されてしまうのは、時間の問題だったんでしょうね…」
 きららPは半ば諦め調子に話した。

「光ヶ丘鉄道全線の、全面運行停止を命じます」
 光ヶ丘鉄道本社にて、警察関係者らが令状を読み上げた。
「そして、あなた方には、殺人未遂容疑で逮捕状が出ています」
 そしてもう1枚掲げられた令状…逮捕状を別の警察官が読み上げた。しかし、その令状にはきっぱりと、光ヶ丘鉄道の社長及び役員たちは首を横に振った。
「そんな事、我々には覚えはありません」
 しかし、警察官たちは証拠の写真を、社長の机に並べて追及する。
「貴社の社員である、水ノ川きららさんに対して、綿密な殺人計画があった事が、我々の調査で発覚しています。そのために用意したであろう車両も、既に押収済です」
「えっ…ゴーストが!?」
「明確に、あなた方が準備していたという証拠も出ています。詳しくは、署でお聞きしましょうか」
 それを拒否するかのように暴行を働き始めたため、警察官たちもやむを得なしと応酬し、全ての役員らを取り押さえた。
 やがて社長及び幹部、それに加えて公務執行妨害の現行犯で、階下で警備していた人間全員が警察に連行されていった。
「…終わった」
 現場職員などは、社長らの逮捕を知り、この鉄道は終わったと悟った。その日の最終列車までは運行が続いたが、翌朝には駅や踏切などに立ち入り禁止のロープが張られ、列車の運行が停止した旨の知らせが貼られた。
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