光ヶ丘鉄道の一日(小説版)

□あおぞら銀河鉄道にて
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3,思いを天秤にかけるとき

「修理期間とか、相当長引きそうよ」
「部品の調達、それと交換して不具合を消し、ちゃんと走れるように…」
 光ヶ丘鉄道C56の修理は、様々な課題は山積している。壊れている部品を取り換えて済むという問題ではないし、その交換部品も足りないことは明らかになっている。
「とりあえず、要点はまとめたから、白雪Pさんたちに説明しないとね…」
 修理箇所などを表にまとめ、美住Pと絵美Pらは白雪が待っている場所に向かった。

「一応、こちらで検査をしたのですが…」
 美住Pらは手持ちの表を元に、光ヶ丘鉄道C56の修理箇所の説明に入る。しかし、その表に記された修理箇所などは多大で、白雪Pも呆然とした。
「まさか、治せないんですか!?」
「大丈夫、治せます。ですけど、費用も時間も、大幅にかかりますね。とりあえず、修理箇所の説明をしていきます」
「流石に怖くなるな…」
 白雪Pたちが急に静かになった事に、C56は不安に思い始めた。

 全ての説明が終わった後、白雪PときららPは神妙な表情を浮かべた。
「以上が、修理する個所となります。計器類は全部交換、損傷している個所もありますし、大幅に時間はかかるでしょう。部品の調達もこれからですしね…」
「思っていた以上に、修理する個所が多いんですか…」
 恐らく、計器類とかの故障だけで、その辺りの部品を替えて修理すれば大丈夫だと、白雪Pは甘く見ていたに違いない。ここぞとばかりに浮かび上がった修理箇所に、言葉を失っていた。
「変な話を聞くと…他の車両を買うのと、このC56を修理するのと、どっちが安上がりなんですか?」
 白雪Pに代わって、きららPが質問する。彼女は元々あおぞら銀河鉄道にいて、電車を初めとして多くの車両の乗務に長けている。蒸気機関車にとらわれず、別の事も視野にあるのかもしれない。 
「ものすごく難しいですよ。光ヶ丘鉄道の主力が、蒸気機関車であることを考えると、代わりの機関車は、どこかの静態保存機を持ってきて修理…それだったら、この車両を修理する方が早いわ」
 その静態保存車両の状態にもよると、加えて説明する。保存状態は良くても、走れるように修復するには多大な時間と手間はかかる。
「他の車両…電気機関車や電車とかだったら、そっちを作ったほうが、今後を考えても安上がりね。電化しているんだったら、尚更ね」
 計算されている修理費用を考えたら、動力を近代化…思い切って電車などに替える事も選択肢になる。
「そうですか…。確かに判断が、ものすごく難しいですね…」
「治せなくないし、部品も揃う見込みだから、そっちの判断で、修理するかしないか決めるけど」
 この車両を修理するかしないかを決めるのは、光ヶ丘鉄道の関係者が判断する事。美住Pや絵美P…あおぞら銀河鉄道は、その判断に従うだけだ。
「そうですか。それでは最初通り、C56を修理してもらうということで、宜しくお願いします」
「分かりました。それではさっそく、修理に取り掛かりますね」
 その検査結果を見ても、白雪PにはC56を修理してもらう以外の選択肢がなかったのかと、美住Pはふと思ってしまった。そりゃ、貴重な車両をみすみす廃車するよりは、その方がいいと判断するとは思うのだが。
「修理してもらえるのか…。よかった…」
 検査線ではC56が安堵していた。きっと、再び走れることを確信したからかもしれないが、この蒸気機関車…C56の修理は並大抵な事では済まない…美住Pは思った。
「全然話は違いますが、ある車両を見てもらえませんか?そちらの鉄道で使えるかもしれません」
 いつまでも、この場所にいるのも難だったので、美住Pはある車両の事を思い出し、それを白雪Pに見せることとした。
「ある車両?機関車ですか??」
「違いますよ。来てみたらわかります」
 美住Pはそう言うと、白雪Pらを総合車両センターの留置線に案内した。その"ある車両"の前まで来て、美住Pは歩を止めた。
「これですか?」
 白雪Pが訪ねると、美住Pは"ある車両"について説明する。
「これですね。観光用気動車、キハ48形"リゾートしらかみ"です」
「観光用気動車ですか…」
 白雪Pらの目の前にあるのは、3両編成の気動車だった。ただ、特急用とは似て非なる流線型な先頭形状、そして側面の窓は巨大なもの…。早期の導入は躊躇われる車両だった。
「車両をつなぎかえて、旅客と貨物の両方に使える機関車とは、明らかに使い勝手は良くないでしょう。ですけど、ディーゼル車両ですから、鉄道運行で出す煙は少なくなりますし、運転士だけで動かせる分、旅客運用は楽になると思います」
「なるほど…」
 光ヶ丘鉄道のみに限らず、機関車牽引の列車だと、列車の折り返しのためには、機回し作業をしなければならない。その点、電車などは両側に運転席のある構造のため、運転士さえ移動すれば折り返しできる。その便利さは、きららPとともに移籍してきた681系を持って、白雪Pは知っている。
「うちの鉄道では使わないので、もし光ヶ丘鉄道さんの方で、よければと」
「悪くはなさそうですけど…」
 白雪Pが懸念している事は何なのだろう。まず観光用気動車と言っている以上、客室などが気になるのかもしれない。そんな中、きららPは長らく思っている疑問を声に出した。
「681系以外に、あの電化設備を使う車両を、導入するのはいつの日なのか…」
「それは後々にね…。予備を兼ねて、うちで導入しようかな…」
 光ヶ丘鉄道に導入されている電動車両は、681系サンダーバードしかない。この1編成のためだけにあると言っても過言ではないくらい、ずっと持て余し続けている。きららPはずっと、旅客列車を電車で運転出来れば、手間なども軽減できると言っているのだが、なかなか首を縦に振らないらしい。
 そういう事を聞いている美住Pではあったが、他所の鉄道の事に口出しはしなかった。
「ゆっくりお考えください。まだ研修の打ち合わせもしてませんし」
「2人の運転技術の向上、そして白雪Pさんの鉄道管理者として…ですか」
 白雪Pがあおぞら銀河鉄道を訪ねたのには、C56の修理依頼以外にも用事があったからだ。それは、光ヶ丘鉄道の乗務員及び、自身の鉄道管理者としての研修を、この鉄道でやってほしいと頼むことだった。
「そういうことね。その間、きららPさんには迷惑をかけちゃうけど」
「本当に、人員不足をなんとかしましょうよ…。いくら自己の意思で動ける機関車が2台いるとはいえ…」
 一瞬、白雪Pはハッとなって、きららPに黙るように指図した。
「今のはこっちの話ですから…」
「そうですか…。とりあえず、話を詰めていきましょうか」
 美住Pは聞かないふりをした。しかし、きららPの言葉を聞く限りでは、結構切羽詰まっていることは明らかだったが、それは光ヶ丘鉄道の問題であって、あおぞら銀河鉄道の問題ではない。言いたいことはあったが、それでも口には出すまいとしていた。

 やがて、研修にかかる打ち合わせも終わり、白雪PときららPが帰る時が来た。
「それでは、C56の修理と、リゾートしらかみの件は、宜しくお願いします」
「了解です。後のことについては、研修で来た時にでも」
「仕事でとはいえ、この場所にもう一度来ることができて、本当に良かったです。皆さんにも、よろしく言っておいてください」
 きららPは本当に名残惜しそうに、嘗ての上司らと言葉を交わした。
「あなたが進む道は、きっと前途多難…今がそうなのかもしれないけど、きっと報われる時が来ると思うわ。絶対にめげずに、自分の進む道を果たしなさいね」
「分かりました。ここを出るときに話した誓いを、絶対に果たせるよう頑張ります。いつかはプライベートで、ゆっくり訪ねたいですね。道中は、まだまだ遠いですが…」
「あなたも、サンダーバードも、自分を大切にね。白雪Pさんも、管理業務は大変とは思いますけど、頑張ってくださいね」
「有難うございます。本当に勝手な要望ばかりして、迷惑かけるとは思いますが、今後とも、宜しくお願いします」
「私たちこそ、今後ともよろしくお願いします」
 2人の乗る客車の前方には電気機関車EF510-509が連結され、出発準備が整っていた。
「それでは、真理恵Pさん、EF510-509号機さん、お二人を安全に、お送りしてください」
「分かりました。安全第一で行きますね」
「それでは、失礼します。研修の時には、宜しくお願いしますね」
「さよなら。いつか、また逢う日まで」
 やがて2人が乗り込み、客車のドアが閉じると、機関車の汽笛が鳴った。
『団体列車、光ヶ丘鉄道行、出発進行!』
 やがてEF510-509の運転席から真理恵Pの点呼の声が聞こえ、静かに列車は動き出した。

「さて、打ち合わせも終わったわ。まるで、嵐の後の静けさみたいね」
 列車が出て行った後、美住Pと絵美Pは、総合車両センターの事務室に戻りながら話していた。
「今度は、乗務員研修ですね。久しぶりに、あかりとあゆみに会えるのが、楽しみですわ」
「その前に、C56の修理と、リゾートしらかみの整備を、何とか進めないとね」
 修理のために預かった、光ヶ丘鉄道C56。まずは修理するために部品を調達したりと、まだまだ修理には取り掛かることは出来ない。しかし、機関車自体が"再び走りたい"と願う以上、出来る限りで完璧に修理してあげよう…そう誓うのであった。
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