ひばりヶ丘鉄道の一日(小説版)

□ひばりヶ丘鉄道の一日(小説版)後編
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Vol1,因縁の地へ
 きららPが681系を運転して、あおぞら銀河鉄道からひばりヶ丘鉄道へ戻る道中…。その助手席には美住Pの姿があった。彼女は2日前に有給休暇を3日ほど連続で取得し、自ら一緒に出向くことを決めていた。
 ただ、ひばりヶ丘鉄道の組織には、恐らく招かねざる人物である美住Pが同行している事は伝えてはいない。無論、白雪Pや愛乃Pにも。
「よかったんですか?代車で…」
 現在乗っている681系は、きららPのパートナー車両ではなく、あおぞら銀河鉄道に複数編成が在籍している681系の1編成だ。怪しまれないように、ひばりヶ丘鉄道の安全装置に対応した車上装置を載せる改造を施されている。
「肝心のが直ってないじゃない。外観が同じなら大丈夫よ。」
「そうでしょうか…。」
「とりあえず、私に任せて。一矢報いてあげるから。」
 そして走り続けることしばし、架空世界連絡線に入る前、最後の駅である『森沢』に着いた。この先にある架空世界連絡線は、普段は封印されている。通れるようにするパスワードを美住Pが入力すると、普段は閉じられているシャッターが開き、その先に続く線路が現れた。
「行きましょうか…」 
 美住Pが運転室に戻ってきたのを確認した後、きららPは681系を起動させ、架空世界連絡線へと入っていった。 
 
 長い暗闇のトンネルを進み、やがて出口が見えてきていた。
(暗闇に慣れていたから外の光が眩しい…。)
 トンネルの外へ出て、しばらくの間走り続けると、小さな駅が見えてきた。
(…来てしまったか。) 
 駅に停車すると、美住PときららPは駅のホームへと出た。 
 駅名板を見ると、そこはひばりヶ丘鉄道みゆき町駅であることが分かった。
「ここがねぇ…。」
「今の就業先、ひばりヶ丘鉄道よ…。」
「なるほど。確かに小さなローカル鉄道ね。」
 信号は赤のままなのは、きっと対向列車が走っているからなのだろう。ひばりヶ丘鉄道線は単線区間のため、どこかですれ違いするために待機する。
 やがて対向列車が到着し、信号が青に変わると、きららPらが乗り込んでいる681系はひばりヶ丘鉄道線内へと入っていった。

「緑川駅に到着ね。」
 3ヶ月前と同じように、きららPは681系を待避線側のホームに停止させた。
「本当に長旅だったわね。ここまでお疲れさま。」
「…それでも、681系が元の仕様だから、そこまで気を使わずに運転出来たのがよかったです。」
 本来であれば、帰ってきているひばりヶ丘鉄道681系は現在、高町総合車両センターで修理中だ。既に新車両を製作するのと同じくらい、修理費用と手間がかかると計上されている。

「これはこれは、水ノ川さん。戻ってきてたんですね。」
 駅のホームに上がってきたのは、この鉄道の常務と名乗る男だった。
「ご無沙汰でした、常務…。」
 きららPは一瞬寒気を感じ、体を震わせていた。
(何で早々に…)
 強面で人相もよくない常務は、良くも悪くも社長の右腕。あの事故に関する聴取の時も、やたらしつこく問い質してきたのがこの男なのだ。出来るのであれば、こんなに早く対面したくはないと、彼女は思っていたのだが…。
「それで、そちらの方は?」
「私が前にいた、あおぞら銀河鉄道の美住Pさんです…。」
「どうも。あおぞら銀河鉄道の、美住Pと申します。先日は、私の可愛い後輩である、このきららPが、お世話になりましたようで。」
 穏やかな表情と口調であいさつをする美住Pだが、時々怒りにも似た感情か、語気が強くなっていた。
「その節は…。」
 常務が一歩後ずさった。恐らく、美住Pの穏やかな表情の半面で垣間見える、怒りか殺気づいたオーラに驚いたのか、怖気づいたのかもしれない。
「今は、あまり事を荒げては、いけませんて…。」
 681系が美住Pに口を出すと、彼女はふっと我に返った。
「元上司の私としては、やはり気になるところなので、私自身の目で現場を見てきます。」
「そうですか。ただ、サンダーバードに関しては、入庫させてからでお願いします。」
「そのつもりですけどね。」
 2人は681系を検修区に留置後、ブレーキハンドルと鍵は持ち歩くことにしていた。2人が離れている間に、何を考えているかわからない整備員が手を加えそうな気がしていたからだ。
「とりあえず、きららPさん。対向が来たら行きましょうか。」
「そうですね。ずっとこのホームに、停車しているわけにいきませんから…。」
 ひばりヶ丘鉄道に移って3ヶ月、きららPはある意味で、味方のいない孤独と戦っていた。今の上司である白雪Pらにしても、本当の意味で信頼しているわけではない。しかし、今は違った。あおぞら銀河鉄道在籍時代の上司であり、一番信頼している先輩である美住Pがついてきてくれているのだ。今は少し、胸を張っていられる。
「やっぱり、ここまで来たのは、それが理由なんだな…。」
 やがて対向列車が来るという放送が流れると、きららPと美住Pは681系の運転室に戻った。

 681系を緑川検修区へ留置すると、きららPはブレーキハンドルと鍵をバッグにしまった。乗務員控室のロッカーに鍵をかけて置いておく事も考えたが、今の状態を考えたら心もとないと判断したようだ。2人は徒歩で緑川駅まで戻ると、切符を買って電車を待った。3分後、やってきた電車に乗り込み、事故現場である踏切へと向かった。
「この踏切か…」
 事故現場である踏切の最寄り駅である『祈りの丘教会前駅』に着いた2人は、そこから踏切までを歩いた。今では何事もなかったかのように稼働している踏切も、所々に事故の傷跡が残されている。折れた遮断棒を交換したり、バラストを敷きなおす工事は行われているようだ。
「そうです。今でも、この踏切は怖いです…。」
「見通しの悪い踏切だわ…。」
 美住Pの目から見ても、この踏切近辺の線路と道路は見通しが悪い。そのために列車は事前に減速して通過するのだろうが、踏切に車や人が立ち往生しているのに気づいてから急ブレーキを掛けても、間に合うかわからない。
「…下りだったら、駅を発車した直後に通るから、踏切の異常に気付いてから停止して間に合うだろうけど…。逆に上りは減速しているとはいえ、気づいてからだと急ブレーキするには遅い?」
「遅いと思いますよ…。それに踏切まで下り坂ですから、急ブレーキがかかりにくいんです。」
 確かに、踏切から少し離れたところから上り坂であり、しかも曲がっている。
「…しかも、この小屋は何よ」
 踏切に併設されている小屋は、恐らく踏切見張り員でも配置していた時の名残だろうか。窓はカーテンが閉じられ、中を確認することはできない。
「…障害検知器もないなら、事前に危険を予測していても、それを防げるかは微妙ね。」
 現場検証後、美住Pは踏切の問題点をまとめた。少なくとも、解決しなければいけない問題は何点もあった。
「あなたに非があるのは、確かなのかもしれない。でも、全ての責任をあなたに被せた、この鉄道の対応はどうかと思うわ。」
「どうなのでしょう…。」
「事故は運転者の責任だけど、同時に鉄道会社の責任でもあるの。設備復旧はしただろうけど、安全対策を取ってないのは問題ね。」
 保線が十分でないとは、見た目でも分かる。恐らくその場しのぎでの復旧と保線しかしてこなかったのだろう。そこまで手が回らないのか、あるいは見て見過ごしているのか…。
「それに、この鉄道…。人員不足で、今いる乗務員だけで運用を回していて、みんな疲れ果ててますよ…。公休もまともに取れないですし…。」
「どんな上層部よ…。部下の乗務員たちをこき使って、上の人たちは楽しているのか…。」
 きららPは、その上層部の顔を初めて見たのは事故後だった。そこまで人が足りないというのであれば、なぜ上層部の人間が現場の仕事をフォローしないのか、なぜ事故が起きた時だけ出しゃばって、責任追及をするのか。現場を知らない上層部が、この鉄道の権利を握っているとすれば、それは恐ろしい。
「創設期のあお銀を思い出すな…。」
「そうだったんですか?」
「あまり思い出したくない事案よ…。」
 踏切を後に、隣駅である『わたり橋』まで歩く最中、美住Pはあおぞら銀河鉄道で経験したことを話した。
「当時の役員を全員辞職させて、代わりの役員を採用してきて、組織を全部作り直し…あの時が一番疲れてたわ。」
「そうだったんですか…。」
 わたり橋駅まで着くと、列車を待ちながら問題点を洗い出した。即急に保線をしなければいけない箇所は、1区間だけでも何か所かあった。全区間を緊急的に点検して、果たして何か所浮かび上がるだろう。2人は今から心配が募っていた。
「やはり、この鉄道は一度、全てを直す必要がある。まずは上層部たちを…。」
「ですから、事を荒立てないでくださいよ…。」
 美住Pは既に決心していた。白雪Pらが出来ないのであれば、自分の手でやってやると。犯罪者扱いされてもいい、この鉄道が本当の意味で安全を保てるように、全てを生まれ変わらせてやると。きららPは不安でいっぱいだったが、美住Pは耳を貸さないふりをしていた。
「あなたに手出しはさせない。全て、私に任せて。」
 やがて緑川方面へ向かう電車が到着すると、2人は乗り込んだ。みゆき町から緑川、そして祈りの丘教会前までは電車で、そしてわたり橋駅までは歩いて、線路の状況を調べた。やはり問題があり過ぎる。
 少なくとも、今の経営陣が全ての権利を握っている以上は、ひばりヶ丘鉄道を根本的に変えるのは無理だろう。
 だから、その問題を解決するためにする方法は1つだった。
「…上層部全員を追い出すしかない」
 極めてとんでもないことを言っているのだが、美住Pは冷静だった。きららPとて、もはや驚きもしなかった。
「そのためにも、きららPさんには、この書類を」
 おそらく、あおぞら銀河鉄道で書類を大まかには作ってあったのだろう。そこに自身の目で確かめた、ひばりヶ丘鉄道の線路設備の問題点を綴った調査書類。氷山の一角でしかないだろうが、十分な物証ではあるだろう。
「そして、ひばりヶ丘鉄道に対して、被害届を提出する。とりあえず、会社の問題点を、1つでも晒しだすことが大事だからね」
「分かりました。」
 きららPは書類を受け取った。
 ちょうどその時、電車は緑川駅に到着した。美住PはきららPに「絶対大丈夫だから」と言って電車を降り、黒幕の総本山であろう本社の方へと歩いて行った。
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