ひばりヶ丘鉄道の一日(小説版)

□ひばりヶ丘鉄道の一日(小説版)中編
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Vol7『いつまでたっても』
「本当に、最低の準備しかしないで、営業しているのね…。あなたが行った鉄道線…。」
「行った途端にビックリですよ…。」
 実際に行ってみなければわからないが、白雪Pから勧誘されたときに現場を見せなかったのも、その辺の理由があるのかもしれない。
「とにかく白雪Pさんには、いつまでも他の運転士に、任せっきりにしているんじゃないよ と言っておくわ。」
「それで研修に来たとは、思いますけどね…。」
「できるだけ早く、その重荷が軽くなるといいわね。」
「本当に、それは切に願いますよ…。」
 移って早々に、多忙な勤務にさらされた。他の運転士と違って、蒸気機関車の運転が的確であったことから、乗務の傍らで運転指導やメンテナンスまで任されたため、きららPは連日、早朝から夜遅くまで、長時間の勤務を強いられていたのだ。おかげで休める時間もろくに取れず、疲労が蓄積していったのだ。
「とりあえず、681系は工場の人に任せるとして…。」
 2人は総合車両センターに併設の車両基地へと戻り、681系はくたかの前で立ち止まった。
「あなた自体も、何か訓練を受けてくるように、言われているんだっけ?」
「今のひばりヶ丘鉄道では必要ないけど、車両同士を併結する機能を使う訓練を…。」
「なるほど…。車両とかを手配しないとね。とりあえず、車両基地まで帰りましょう。ついでに回送する車両があるから。」
「そうですか。」
 美住Pが誰かと電話で話すと、構内入換用のディーゼル機関車が動き出したのが見えた。
「同型車両だから、はくたかに連結して帰れるわね。一応、連結機構の操作に関して、今から見本を見せるわ。」
「ずいぶん都合よく…。」
 やがて、機関車は681系1編成を入換して、目の前へと表れた。
「…って、何よこれ」
 きららPは笑いを堪えることが出来なかった。その681系は見るからに派手な装飾を施されているのだ。
「うん?同じ681系よ?」
「いや、この装飾は、いったい何ですか」
「某アニメの装飾を、681系に施した特別列車よ。」
「それにしても、派手すぎるでしょ」
 これまで比較対象になりそうな、装飾した電車を見たことがなかったからか、きららPは『派手すぎる』以外の感想を言えなかった。
「初めまして。私は姫キュアトレイン681号です。」
(随分、そのままな名前ね…)
「681系を中古導入後、この工場で整備と同時進行して装飾。ちょうど今日、全ての工程が終了して、出場するところだったのよ。」
「そうですか。」
「とりあえず、この車両とはくたかを連結ね。その作業中に、順を追って説明するから。とりあえず運転台に上がりましょう。」
 美住PときららPがはくたかの運転台へ上がると、同じように構内作業員が681系姫キュア号の運転台へと上がり、無線で通信を取り始めた。
「姫トレ運転担当、連結機構取扱い願います。」
『姫トレ運転担当、了解。機構を取り扱います。』
 やがて連結機構が起動し、前面貫通路が姿を現した。
「はくたか運転担当、機構操作確認。これより誘導員指示のもと、運転操作します。」
『了解。』
 別の構内作業員が旗を振って合図すると、それに従って美住Pがはくたかを運転して、姫キュア号に近づく。
『ガチャン』
 ほんの少しの衝撃の後、両車両の運転装置が連結完了したことを伝えてきた。
『連結完了。』
「連結完了です。」
 連結作業を完了し、運転及び合図を担当していた構内作業員が立ち去ると、2人は反対側…非貫通側の運転台へ移った。
「この後、どうするんですか?」
「はくたかを運転して、後ろの姫キュア号ともども、基地へ回送するわ。その後は…。」
「その後は?」
「姫キュア号の試運転ね。併結状態で通電してるし、自力では動いているんだけど。ちゃんとした形での試運転をしてみないと。それか、連結機構の使用訓練か…。」
「併結の訓練は明日で…。試運転に同伴させてもらいますね。久しぶりに、美住Pさんが運転する電車の、助手台側に座っています。」
「分かったわ。」
 出発信号が青になったのを確認すると、姫キュア号を併結した681系はくたかは、絢瀬駅まで向かって走り出した。
「今日はもう、今の就業先のこととか、何も考えなくていいから。今日と明日くらいは、疲れと心労を癒しなさい。」
「美住Pさん…。」
 きららPにとって、思いがけない言葉だった。
「私からは聞かない。それで相当嫌な思いをしているでしょうし、無理に思い出させてまで、聞くつもりはないから。」
「やっぱり、知っているんですか?」
「白雪Pさんに聞いてる。今もきっと、引きずっているんでしょう?」
「そう簡単に、忘れられるものじゃないですよ…。」
 さっきまでの笑顔とは打って変わって、きららPは暗い顔へと逆戻りしてしまっている。
「次からは失敗しないように、気を付ければいいだけの話よ。過去から早く立ち直りなさい。きらめく星のプリンセス。」
「えっ??」
「そうずっといじけてたら、『星のプリンセス』の名が泣くわ。」
「美住Pさん…。」
 他社の乗務員と接するような言葉ではなく、先生が教え子を励ますような優しい言葉を、美住Pは元後輩にかけたのだ。『きらめく星のプリンセス』のフレーズは、きららPのこころに大きく響いた。
「美住Pさんて、本当に、この鉄道の『姐さん』なんですね。退職した仲間のことも、ずっと気にかけていたり…。」
「後輩の心配をするくらい、普通でしょ?」
「それはそうですけど…。美住Pさんの場合は、それ以上のような気も…。」
 681系はくたかは、その言葉の中に単なる先生と教え子、先輩と後輩の間柄以上に深い間柄があるのを感じていた。
 絢瀬にある総合車両センターまでの道中、681系はくたかを運転する美住Pの横…助手台に座って、きららPは久々に教官でもあった先輩運転士の運転と、流れる景色を見ていた。
(助手台に座っている最中、私は運転席側…美住Pの方を見ていた。思えば、私が新人運転士だった時も、こうして助手席に座って、運転の見本を見せてもらった気がする。あの681系に初めて乗った時も、美住Pさんが最初に運転席、私は助手席に座った気がする…。久しぶりに乗った、美住Pさんが運転する列車が、こんなに心地いいとは…。)

 やがて、列車は絢瀬総合車両センターに到着した。2人は反対側の運転室へ移り、681系の解放作業を行った。
「今のあなただったら、多分私より腕前いいと思うけどね。」
「そんなことありませんよ…。今でも美住Pさんの方が腕前は上ですよ。」
「自信を持ったらどう?」
 681系はくたかも声をかけるが、きららPは今でも自信を持てないらしい。
「いや…あの事故を起こした私が、美住Pさんより運転上手いとは、胸を張って言えませんよ…。」
 明らかに、きららPは何かしらの十字架を背負わされている。全ての責任を押し付けられたトラウマが、きっと彼女から運転に対する自信を失わせてしまったのだろう。
「…明後日ね」
「えっ??」
「681系は、とりあえずこっちで代車を出す。私が自分の目で、現場を見てみるわ。」
 美住Pは自身の目で事故現場を見て、ひばりヶ丘鉄道という鉄道組織か、きららPの責任が重いのかを、確かめることにしたのだ。

後編に続く
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