ひばりヶ丘鉄道の一日(小説版)

□ひばりヶ丘鉄道の一日(小説版)前編
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Vol4『故郷の線路へ…』

(美住Pさん、あなただったら、今の私に、どう声をかけてくれますか?今、私はものすごく苦しいです…)
 きららPが、救いの手を差し伸べてくれているであろう、懐かしい声に縋る気持ちでいた頃、また1つの問題が起ころうとしていた。
 修理工場では、技師長ら数名の作業員が681系の修理を行っていた。車体損傷は比較的軽微であったものの、諸々の交換部品の調達に時間がかかったようで、作業を急ピッチに進めていた。
「よし、681系の修理、終わったぞ。」
「お疲れ様ですー」
 たまたま修理工場にいた白雪Pは、技師長らが声をあげたのを聞き、労いの挨拶をした。とにかく修理が完了しただけでも、現状を打開できる大きな一歩となると、思っていたからだった。
「まったく、ものすごい堅物だったな」
「…はぁ?」
 その含みのある言葉の意味が全く分からなかった。恐らく、白雪Pが自ら確認をしなければいけないだろう。

 白雪Pが681系を見ると、機器などは大幅に変貌していた。走行はできるのだろうが、壊れてもいない部品までもが外され、別の部品に取り換えられていたりと、訳が分からない変化があちこちにあったからだ。
「なによこれ!?」
「ハイスピードチューン、とでも言っておこうかな。」
 白雪Pの問いに、軽い口調で技師長が答える。
「ちょっと、安全性能一切無視の改造をする?それこそ、また脱線事故を起こしちゃうわよ…」
「知ったことじゃない。全ては運行に携わる、運転士や指令室の責任だ。技術屋の俺が負うものじゃない」
「無責任過ぎよ、あんた」
 技師長は無視するかのように、口笛を吹きながら立ち去ってしまった。
(これ、どうしたらいいのよ…。ここの技術屋はダメだし、上層部はスクラップ同然だし…。頼りは他社の元上司…)
 大きな一歩どころではない、ものすごく大きな後退だ…。白雪Pは頭を抱えてしまった。
「あれ?白雪Pさん、どうしたんですか?」
「ねぇ、君はそんなに体をいじくられて、何の違和感もないの?」
「事故で大破してからの修理ですよ?違和感くらいありますよ」
 681系は修理されてよかったという口調だ。恐らく、とんでもない改造をされたことに気づいていないのだろう。
「違和感どころじゃないの!走ればわかるだろうけど、私じゃ運転できる自信ないな…」
 急に大声を上げた白雪Pに、681系は驚いた。いったい何を言っているんだろうくらいにしか、きっと思っていないだろう。
「そういえば、きららPさんは?」
「例の大事故で、上層部連中に大説教…というより言葉の暴力を受けて、ここ数日は出勤してないわ。下手すれば、精神崩壊してるかも…」
「えっ?そんなにですか!?」
 自身が直ったことに安堵した681系は、一緒に移ってきたパートナーであるきららPのことを心配した。
「この鉄道で初めてのことだし、そのせいで一日運休…。その責任全てを、きららPさんに被せた感じね…。元々から責任感の強い彼女のこと、事故で相当ショックを受けているところに、上層部は追い打ちをかけたのよ… 自分たちの責任は、棚に上げているでしょうけど…。」
「何も言えないですよ…。」
 きららPの事を、この鉄道の誰よりもずっと知っているのは、この681系だろう。あお銀在籍時代からの同僚であり、何より事故の当事車であった。この車両もまた、自身のせいで運転していたきららPや乗客が怪我したのではないかと、思い悩んでいるようだった。
「どんな改造をされたか、走れば実際にわかるはずよ。終電後に試運転してみるわ。」
 深夜になってから白雪Pが試運転した結果、今の状態では安全な運行を保証できないという判断が下された。当面は運転禁止の札を出し、車庫に留置される事が決定されるのであった。

 翌日、白雪Pは一睡も出来ないまま、乗務員控室で朝を迎えた。修理を完了したとはいえ、営業運転に出すことに深い懸念が出てしまった681系、未だに復帰できないほど落ち込んでいるきららP、どちらに関しても、一向に解決策が思い浮かばないのだ。
「困ったわ…」
「どうしたんですか?」
 出勤してきた愛乃Pは、一人頭を抱え込んでいる白雪Pに声をかけた。
「サンダーバード、安全装置外されて、とんでもなく改造されてるのよ…」
「どうするんですか…」
「どうしましょう…。もう一度、電話してみますか…」
 そういうと、白雪Pはカバンから携帯電話を取り出し、電話をかけ始めた。

 その日の午後、白雪Pは外に出ていた。ラッシュ時間帯も過ぎれば運行本数は減っているため、その分乗務員は交代で休憩を取ることが出来る。その時間を使って、きららPを寮の外へと連れだしたのだ。気分転換するのに歩きましょうとでも、言ったのかもしれない。 
「きららPさん」
「なんですか?白雪Pさん…」
 外に出て気分転換出来始めているのか、きららPの表情も少しづつ明るさを取り戻し始めていた。
「あなたに運転を頼みたいの」
「どこまでですか?」
 急に運転を頼まれて、きららPの表情に怯えが出ていた。やはり今でも、運転するという行為に恐怖心が拭えていないのだろう。白雪Pはそれを承知で話し始めた。
「架空世界連絡線を通って、あおぞら銀河鉄道線まで」
「えっ?あおぞら銀河鉄道に??」
 急にあおぞら銀河鉄道まで行くと言われて、きららPは驚愕の表情を示した。
「車両はサンダーバードで。まぁ、修理してもらうためなんだけどね…。」
「ここの技師さんが修理したのでは?」
「見てみればわかるわ…。」
 2人は車庫の中へ入っていくと、白雪Pはいったん乗務員控室に戻り、鍵とブレーキハンドルを持って出てきた。きららPがカギを受け取ると、恐る恐る681系の乗務員室へと入っていった。
「ああ、私の愛車を…」
 直ってよかったという感想とは打って変わって、到底同じ車両とは思えないほど手を加えられてしまっている運転機器の数々に、言葉を失っていた。
「美住Pさんが見たら、何て言うのか…」
「そこまで気にしないけど…」
 当の681系はそこまで気にはしていないのだが、車両の速度を制限する速度リミッターを取り外され、速度計なども取り換えられてしまっている。
「もう少し危機感持ってよ…。それで営業運転やったら、あの事故では済まないわよ…。」
「そうかもしれませんね…。」
 パートナーの声で、ようやく681系は自らの現状を理解したようだ。
(…あお銀時代、速度リミッターとかには厳重な封印がしてあったはずなのに、それを壊してまで??)
 あおぞら銀河鉄道では、乗客の安全を第一に考え、無理な運転などを出来ないようにされていた。速度リミッターで最高速度を抑え、GPSを使ったりして速度管理を徹底していた。相応に無理のないダイヤを設定して運転士の負担を極力少なくするなど、様々な安全対策を施されていた。今の681系には、それらの安全に関わる装備のほとんどが取り外されているのだ。
「とりあえず、681系は当面運行休止。特急運用は、287系さんに頑張ってもらうしかないわね…。」
 きららPは681系の乗務員室に鍵をかけると、白雪Pとともに乗務員控室へと入っていった。今後どうしようかと、改めて相談もしたかったからだ。

 数日たったある日の午後、休憩時に白雪Pは乗務員控室で愛乃PときららPに声をかけた。愛乃Pは同じく休憩中であったものの、きららPは未だに欠勤状態で、白雪Pが電話で呼んだのであった。
「とりあえず、私と愛乃さんが研修を受けにあおぞら銀河鉄道へ、きららさんに送ってもらうことで、承諾が出たわ。」
「ようやく出ましたか。」
 それは、白雪Pが上層部に直談判して、無理に認めさせたものであった。
「上層部は渋い顔してたけどね。列車の本数を減便するか、或いは別の運転士に来てもらうか、そこは頭を抱えてもらいましょう。」
 当然、運転士が抜ける分、人員不足は発生する。その点を上層部は指摘してきたが、そこまでをちゃんと考えてこその上層部だと、半ば押し切ったような恰好だった。
「私は少し複雑ね…」
「どうして?」
 あおぞら銀河鉄道へ行く…そう聞いた途端、きららPはより一層不安という表情を示した。
「こんなに情けない顔で、美住Pさんと顔を合わせるなんて…。」
「あなたの事、本気で心配してたのよ?本当に、元上司というよりは、故郷にいる親みたいに…。」
 白雪Pが電話で話していた時、美住Pは我が子のようにきららPを心配していた事を話した。
 今回の研修などの話は、全て美住Pから持ち掛けられたものだ。上層部が文句を言ってきたら、直接電話して文句を言ってやるとも。
「あおぞら銀河鉄道にとって、姉御のような存在ですから…。今の上層部も、美住Pさんには逆らえないはずです。」
「相当な権力者なのね…。」
「あおぞら銀河鉄道って、あの人が作ったようなものですから…。」
「なるほど…。」
 きららPがあおぞら銀河鉄道に入社した6年前、他の先輩社員からそういう話を聞いたことがあった。鉄道再建後、目の先にある自身の利益しか考えなかった上層部に対し、それより先の未来を見据えた計画を出した美住Pと真っ向から対立。事態を鎮静化するのには痛みを伴う改革が進められていたとも。
 今でも社長ではないが、実質的な鉄道経営者は美住Pであり、彼女が現場へ出ている分、今の上層部が代わりに会社を取り仕切っているというのだ。
「とにかく、いつ行きますか?出来るだけ早いほうがいいと思いますが…。」
「そうなんだけど…。その前に不足する人員を、何とかしないとね…。」
 白雪Pらが研修に出発する前に、出来るだけの穴埋めを考えなければいけない。いくら上層部からの承諾を取り付けても、実際に出発できるようにするには、まだまだ問題は山積みであった。

 翌日の終電後、きららPは681系を点検した。修理とともに余計な改造を施されてしまったのを、あおぞら銀河鉄道の修理工場で元に戻してもらう事になっていた。研修へ行く2人を連れて行くという名目での自力回送となる。夜中に行くことにしたのは、他の営業列車に迷惑を極力かけないようにという配慮だった。
「何とか人員確保…。当面の運行は維持できそうね。」
「何もかもを放りだして、運転研修に行くのは複雑だけどね…。」
「あくまで主目的が、サンダーバードの修理と、きららPさんの帰郷・静養と思えば、多少はね?」
「そうですけどね…。」
「相当複雑ですよ…。」
 迷惑をかけていることを知っている681系も当惑している。しかし、自身に施された改造の恐ろしさを知っている分、あまり反対も言わなかった。
「ここは私たちが頑張って、当面何とかしますから。」
「私たちに任せて、行ってきてください。」
「みんなには迷惑かけるけど、後のことは任せたわ。」
 乗務を終えたゆうPと氷流Pは、見送りのために待機していた。白雪Pからの引き継ぎを受け、当面は氷流Pが運行管理者を兼務しながら、乗務を行うことになっている。
 白雪Pと愛乃Pが681系に乗り込む一方で、運転席では、きららPが不安を口にしていた。改造されている分、以前と運転の勝手が違うだろう。彼女自身も、車庫内ではあるが試験運転していた。
「数日間、車庫で試験したけど、やっぱり不安…」
 681系から励ます声は聞こえては来たけども、それはきららPの耳には届かなかった。今は何があっても、あおぞら銀河鉄道まで行かなくてはいけないのだ。
「でも、行かないとね。出発、進行…」
 きららPが運転する681系は静かに発車し、夜の闇に消えていった。
「行っちゃいましたね。」
「何とか、私たちで頑張りましょう。」
 感慨に浸っている場合ではなかった。運行管理者である白雪Pがいない分、鉄道運行は2人が取り仕切らなければいけないのだ。

 中編に続く。
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