NoVEL V

□神(堕)の往く道
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「そろそろ前を通りますね。小石が撥ねるかもしれないので、そのまま樹の裏にいてくださいね」
「心配性ね、ルーザは」
 少しだけ可笑(オカ)しそうに笑って言う。
 アウラさんに言ったこととは別の理由もあるが、確かに心配性かもしれない。
 妙な噂が立ち、セリスさんに伝わったら、怒られるのは間違いなく私だ。ならば心配もすれば用心もする。教会の品位について長々と説教されたくはない。
 ――そんな益体もない物思いを、再び鳴った汽笛が砕いた。先程よりも近く、私たちが向かう先から明かりが近付いてくる。
「森の中だから、たくさん鳴らして動物を轢(ヒ)かないようにしてるのかな」
 アウラさんが言いたいのは汽笛のことだろう。確かに、この僅かな間で二度も聞くのは少し妙だ。動物と言えど能無しではない。ここに生息するものならば、列車の音が即ち危険の前兆だと学習しているだろう。今更汽笛の必要などない筈だ。
「……単なる杞憂ならば良いのですが――もし何かあったとなれば、おそらく私たち関連ですね」
 汽笛の音が闇に消え、車輪の音が列車の明かりとともに近付いてくる。
「窓から車内の様子を見ます。アウラさんはそこに」
 手を離し、樹の枝にけ上がる。枝は太く、私の体重程度では折れそうにない。
「あ、あれ? ルーザ、どこ……?」
「私は真上にいます。何かあったら言ってください」
 明かりが私たちの元に届いた。上を向いたアウラさんと目が合う。笑いかけてみるとそっぽを向かれた。何やらお怒りらしいが、そちらは気にしていられない。
 列車の車体が強い光の奥に見えてきた。初めて見た時は"黒い鉄箱"にしか見えなかったが、今では馴染みの――身体は今でも馴染めないが――乗り物だ。
 先頭車輌の煙突から黒煙が上がっており、後続車輌の高い位置にある窓からは燈色の光が漏れている。枝の上にいる私よりはやや低い位置だ。
 窓の中を覗くには良い高さ。先頭車輌が目の前をよぎって私に煙を浴びせる。その煙を"月夜"で振り払うと窓の中――車輌の中が見えた。
「これは……!」
 多くいた乗客の、全員が座席から崩れ落ち、床に倒れ伏していた。頭を抱えている者が多い。
 よぎっていく全ての窓、全ての車輌が同じ地獄を内包している。……恐らく、乗客の一人も生きてはいないのだろう。
 ――絶句する私を嘲笑うかのように、三度目の汽笛が鳴いた。列車は尚も樹海を進む。
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